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  • 運河 - Wikipedia

    この項目では、 人工的水路 の 運河 について記述しています。東武鉄道の駅については「 運河駅 」をご覧ください。 運河 (うんが)とは、 船舶 の移動のために人工的に造られた水路であり、河川・湖沼を利用しているものもある。

  • 兵庫運河を美しくする会

    兵庫運河の水質の浄化と、周辺の景観の美化を通じて、地域社会に貢献することを目的とし、下記の活動を行っております。 ●会員の利用する運河水面その他汚染防止に必要な共同施設の維持 ●運河水質に関する知識の普及、情報の提供

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    「芝浦運河まつり」運河のある街「芝浦」へようこそ! ... 日時: 10月25日(日曜)午前10時~午後5時半 10月26日(月曜)午後5時~10時 会場: 田町駅東口から徒歩約3分(新芝橋を中心としたなぎさ通り、新芝運河沿い遊歩道)

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運河

運河 うんが Canal
百科事典項目
項目構成
III

歴史

運河の歴史は古く、すでに紀元前にはアッシリア人(アッシリア)、エジプト人、インド人、中国人によって、交通・運輸の手段として運河がもちいられていた。イラクの運河の遺跡は、前4世紀のものといわれ、中国の天津市杭州市の1782kmをむすぶ大運河は、前6世紀に着工し1327年に完成、現在もなお使用されている。

17世紀になると、フランスからベネルクス三国、北ドイツへいたる低地帯では、盛んに運河建設がおこなわれた。1681年に完成したフランスのトゥールーズから地中海に通じるミディ運河は、当時の土木技術の粋をあつめたもので、その後の運河建設の手本となった。

帝政ロシア時代にピョートル1世は、首都サンクトペテルブルクボルガ川河畔のルイビンスクをむすぶ、マリインスカヤ水路(現、ボルガバルト水路)の建設を開始し、19世紀はじめに完成した。

1832年にスウェーデンでは、イエータ川上流のベーネン湖からバルト海まで190kmのイエータ運河が完成した。イエータ運河を経由して、バルト海に面したストックホルムと北海側のイエーテボリがむすばれている。

ドイツのドナウ川ライン川をむすぶルートウィヒ運河177kmは、1832年に建設された。また、69年にはスエズ運河によって地中海と紅海がつながり、1914年にはパナマ運河の開通によって、はじめて太平洋と大西洋がむすばれて大幅に航路を短縮し、産業の発展に大きく貢献した。その後ドイツでは、ライン川東のドルトムント・エムス運河から、マグデブルク北のエルベ川までのミッテルラント運河(467km)が完成し、1万1265kmにおよぶ東西の交通の大動脈となっている。

IV

イギリスとアイルランドの運河

イギリスにおける最初の運河は、トレント川とウィザム川をむすぶフォスダイク・アンド・ウィザム水路で、ヘンリー1世統治下の1134年に完成した。18世紀後半から19世紀の初頭にかけて、アイルランドとイギリスでは活発に運河建設がおこなわれた。その時期のもっとも有名なものは、アイルランドの首都ダブリンシャノン川を東西にむすぶ、134kmのグランド運河(1756年完成)と、スコットランド地方を横断する97.3kmのカレドニアン運河(1847年完成)である。また1894年には、マンチェスター運河が完成している。

V

北アメリカの運河

カナダにはセントローレンス水路、オタワ川運河、シャンブリ運河、リドー運河(オタワ)、トレント運河などがある。これらの中でセントローレンス水路は、五大湖のひとつのスペリオル湖からセントローレンス湾まで、4.3mの深さの水路をそなえていたが、セントローレンス水路計画の一環として、喫水線が7.8mもある外洋船が、大西洋から五大湖畔のシカゴやツールーズまで航行できるように、1959年に8.2mまでほりさげられた。

アメリカでは、18世紀の末ごろから、東部の沿岸地域を中心に小規模な運河がつくられたが、内陸部の開発に寄与したのはエリー運河(1825年完成。現在はニューヨーク州運河システムの一部)である。この運河によって五大湖からハドソン川を経由して、ニューヨークまでの航路が開発された。以後、スー運河、沿海大水路、ヒューストン運河(ヒューストン)、チェサピーク・デラウェア運河(チェサピーク湾デラウェア川)などが次々につくられ、大西洋航路は五大湖まで延長された。

VI

日本の運河

日本では、17世紀ごろから運河の建設が盛んになった。17世紀前半のものとしては、角倉了以による高瀬川(京都中心部と伏見をむすぶ運河)の開削が知られるが、江戸時代には利根川、江戸川淀川大和川北上川などでも水路がつくられ、交通や運輸、灌漑などに利用された。遠賀川洞海湾をむすぶ筑前(現在の福岡県北部)の堀川もこのころつくられたもので、明治時代には、筑豊炭田から産出する石炭の輸送につかわれた。また、1890年(明治23年)には田辺朔郎(たなべさくろう)によって、大津市鴨川をむすぶ琵琶湖疏水(びわこそすい:疏水)が建設され、のちに京都の伏見まで延長されて、昭和初期まで小型船の交通に利用されたが、大部分の運河は、陸上交通の発達とともにその機能をうしなっていった。

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