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16世紀以前のメソアメリカ、アンデス、その中間地域と周辺地域に固有にみられる美術と建築。 ヨーロッパ人が中南米を踏査し植民地とするまでは、この地域に3000年にもわたる高度な文明が発達していた。それは、古代の中国、インド、メソポタミア、地中海文明にも匹敵する水準に達していた。 先住民の美術では、建物と自然環境、物と自然素材との関係が重視されている。自然への深い関心によって、昼と夜、太陽と月、大地と水、生と死といった自然の二元性にねざす感性がはぐくまれ、美術においても、光と闇、開放性と閉鎖性、形態の静と動、写実性と抽象性、簡素さと装飾性といった対立的な要素がせめぎあいをみせている。
プレ・コロンビアン文化の分類については多少の異論はあるにせよ、地理上の区分からなされるのが一般的である。ここでいうメソアメリカとは、現在のメキシコ、ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドルであり、中央アンデスは、現在のペルーとボリビアをさしている。中央アメリカ南部と、ベネズエラ、コロンビア、エクアドルなどの南アメリカ北部の国々は中間地域とよばれる。これ以外の南アメリカとカリブ諸島は、周辺地域とみなされる。 これらの諸地域の文化は、それぞれ別個のものであるとされていたが、近年の考古学調査によって、文化的に深いつながりがあることがわかってきた。 これらの文化は、先古典期(前1500頃~後300頃)、古典期または全盛期(300頃~900頃)、後古典期(900頃~1540)の3期に時代区分される。「古典」という用語は文化の最盛期を示唆しているが、すぐれたプレ・コロンビアン美術は古典期に達成されたとする通説は近年の研究によってくつがえされている。後古典期のメキシコのミシュテカやアステカ、ペルーのチムーやインカの美術と建築は古典期のそれにおとるものではない。 先古典期は実験と革新の時代である。この時期の文化が、のちの文化に継承されて発展していく。はじめは文化の発展段階がことなる部族や小王国が個々に分立していたが、いっぽうでは宗教的観念や美術のモティーフを共有していたことをしめす遺品もみられる。たとえば、メキシコのオルメカ、コロンビアのサン・アグスティン、ペルーのチャビンなどでは、いずれもネコ科動物の神が崇拝され、イコノグラフィー(図像体系)にも共通性があった。 古典期には、さまざまな帝国が発展し、文化の伝播と吸収も盛んだった。この時期は平和な時代であったとされてきたが、古典期の文化を生みだした国々は、好戦的だったことがわかってきた。征服や広範な交易によって得た富は、宗教建造物や都市の建設整備に、また葬祭や儀式用の美術品をつくるためにつかわれた。 後古典期には、人口の増加や技術の進歩によって社会経済問題が発生し、そのために頻繁に抗争がおきた。この時期の最終段階の文明は、スペイン人がじかに接して個人的印象をのこしたり、被征服者の歴史を編纂したりしているので、もっとも情報が豊富である。
プレ・コロンビアン文化は基本的に農耕文化である。世俗主義が強まる後古典期になっても、文化は宗教を中心に発展し、宗教的観念や儀式は農耕社会ゆえに、豊穣祈願などと密接にむすびついていた。美術や建築にしても、作物の植え付けや収穫時期の決定に役だつ天文学との結び付きが強い。 都市の形態には2つの類型がみられる。ひとつは、広場の周囲に建造された儀礼・行政用の建築群からなる祭祀(さいし)センターである。祭祀センターには支配者とその臣下たちだけがすみ、一般住民は郊外の小さな農村にすんでいた。もうひとつは、広場に面した神殿と行政用建物、階層別居住区、道路などが整備された本来的な都市である。かつては祭祀センターと考えられていたものの中にも、一般人も居住する本来の都市に近いものもあったことは、最近のメソアメリカ遺跡の研究によってわかっている。
美術の種類は、建築、彫刻、絵画、および陶芸、金属細工、織物などの装飾美術を中心としている。
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