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項目構成
かつてはコールタールだけが、芳香族化合物や複素環式化合物の原料であった。石油は、ガソリン、灯油、潤滑油などとして使用される物質を構成する脂肪族化合物の供給源であった。天然ガスからはメタンやエタンがえられた。これらの3種類の天然物質は、現在でもほとんどの国で、有機化合物の主要供給源となっている。しかし、まだ石油が利用されなかったころは、アセチレンを原料として化学工業がなりたっていたが、やがて、石灰岩や石炭を原料として合成がおこなわれるようになった。第2次世界大戦中に石油や天然ガスの供給をたたれたドイツで、このような道がひらかれたのである。 サトウキビやサトウダイコンからえられる砂糖は、植物資源からえられるもっとも豊富な純粋化学物質である。植物からえられるおもな物質としては、このほかに、デンプンやセルロースといった炭水化物、アルカロイド、カフェイン(→ 興奮薬)、アミノ酸などがある。動物は、植物や他の動物を摂取して体内でアミノ酸、タンパク質、脂肪および炭水化物を合成している。
かつては、有機化合物の構造を決定するのに化学反応が利用されていたが、1940年以降、そのほとんどが機械的な方法にとってかわられた。赤外線スペクトルは官能基の同定に利用され、紫外線分光は芳香性や分子中のある種の不飽和性の判定に利用される。核磁気共鳴(NMR)スペクトルからは、化合物の構造についての情報がもっとも多くえられる。赤外線スペクトルや紫外線スペクトルは、どちらかといえばこのNMRのデータを補完するものとして利用される。陽子共鳴(プロトンNMR)は、分子中の水素原子の局所的な環境についての性質を決定するために利用されるもので、タイプのことなる水素の比率が判定できる。 さらに1960年代には、陽子に関する補完的なデータをえるために炭素13核磁気共鳴(C-13NMR)も利用されるようになった。また、X線分光は、複雑な有機化合物の構造についての三次元的な特徴を決定するのに不可欠な手段である。→ 化学分析
一般に、共有結合をもつ有機化合物は、イオン結合の無機化合物と比較すると、融点や沸点が低い。たとえば、イオン結合化合物である塩化ナトリウムNaClは、約800°Cで融解するが、完全な共有結合化合物である四塩化炭素CCl4は76.7°Cで沸騰する。もっとも共有結合性の強い化合物ともっともイオン結合性の強い化合物とをわける境界線を、この2つの温度の間、約300°Cのあたりにひくことができる。有機化合物の多くは300°C以下で融解あるいは沸騰するが、例外もある。有機化合物は一般に、ガソリンや四塩化炭素などの無極性溶媒(分子内で両電荷が局在化していない液体)、アルコール、酢酸、アセトンなど極性の低い溶媒にとけるが、極性がひじょうに強い水にはとけないものが多い。 炭化水素の密度は、多くの場合0.8程度で、水の1.0よりも小さい。しかし、官能基がつくと有機化合物の密度は大きくなり、1.0程度になる。1.2よりも大きな密度をもつ有機化合物はほんのわずかしか存在せず、これらの多くは分子中にハロゲン原子や金属原子をふくんでいる。 分子内に水素結合を形成する官能基があると、粘性(流れにくさ)が大きくなる。たとえば、エタノール(エチルアルコール)、エチレングリコール、グリセリンの粘性は、この順に大きくなる。これらの化合物には、もっとも強い水素結合を形成するOH基がそれぞれ1個、2個、および3個ふくまれている。
有機化合物を合成するとき、その収率が最大になるような最適条件で反応がおこるように設計する。そのためには、最適な触媒は何か、その反応が可逆反応であるか不可逆反応であるか、化学平衡をいかにうまく利用するか、などについてよく知っていることが必要である。たとえば、ナフタレンをスルホン化、つまりナフタレン分子の水素原子をスルホン酸基–SO3Hで置換するとき、2種類の生成物がえられるが、この反応の可逆性をどう利用するかによってそれぞれの収率がかわってくる(図16)。
80°Cでは、a–位の反応速度のほうが、β–位の反応速度より大きくなる。そのため、80°Cでえられる生成物の91%はa–ナフタレンスルホン酸となる。これよりも高い温度では、β–異性体のほうが支配的になる。160°Cになると、a–異性体の脱スルホン化速度が、β–異性体よりも大きくなり、より安定なβ–ナフタレンスルホン酸が85%の収率でえられる。
多くの場合、迅速な化学反応をおこすために触媒が必要になる。たとえば、水は、少量の強酸(図17ではH+であらわされている)が存在しないかぎり、不飽和化合物に付加されない。→ 酸と塩基:化学反応
ラボワジェは、さまざまな物質について、厳密な実験によって、組成元素を明らかにし、分類していった。こうした研究は、有機物が、生命活動から分離されてあつかわれる契機となった。1819年には、ベルセリウスが、有機化合物も無機化合物と同じく、電気親和力によって、原子が結合しているということを発表した。30年代には、リービヒ、ウェーラーらによって、有機化合物中の原子団や基の理論がまとめられていく。 しかし、デュマの置換理論と、それを実証する実験とによって、電気親和力での説明は限界をみせる。フランスの化学者からは、結晶の理論を、有機化合物に適用する試みがおこなわれ、ケクレは、炭素原子が4価の原子価をもつことと、芳香族化合物の構造を明らかにし、有機化学に大きな進歩をもたらした。1870年代に、ファント・ホフとル・ベルは、光学異性体や幾何異性体の研究から、有機物のモデルとして立体構造を考えだす。
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