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Windows Live® の検索結果 スペイン北部とフランス南西部にまたがるピレネー山脈一帯(バスク地方)にすむバスク人によって話されている言語で、系統関係は不明。バスク人自身はエウスカラとよんでいる。いくつかの方言があり、おもなものは、スペインのギプスコアやビスカヤ、ナバーラと、フランスのラブールやナバールである。 バスク語は膠着語に分類され、音の数は方言によってさまざまだが、多くの方言は母音が5つである。単語は、通常、最後の音節にアクセントがおかれ、たいていの場合、語尾は母音かs、r、l、n、tといった子音である。名詞や代名詞の使用規則はかなり単純だが、動詞の活用は非常に複雑で、1つの他動詞が24もの語形をもつ。 またバスク語本来の語彙の中には抽象概念をあらわす語や最近つかうようになった道具などをあらわす語がなく、このようなものをあらわすために、ラテン語やフランス語、スペイン語などを借用してバスク語の語尾をつけてもちいている。たとえば食器の「フォーク」という語は、フランス語のfourchetteをバスク語ではfourchettaとしてもちいている。表記にはラテン文字がもちいられ、フランス語とスペイン語の正字法をもとに構成されていて発音に忠実である。 長い間、バスク語の起源をたどる試みがなされてきたが、たいてい、バスク語は孤立した言語もしくは今までに知られていない言語を親戚にもっていると考えられてきた。バスク語とイベリア語(東スペインの古代言語)やリグリア語(北西イタリアの古代言語)、グルジアやロシアのカフカス地方のカフカス諸語などとの類縁関係を主張する説もあるが、決定的な証拠はない。しかし、バスク語がフランスのガスコーニュ地域にあたる古代アキテーヌで話されていたということは確かなようである。 バスク語は歴史的にもっとも古い文字資料をのこした言語のひとつであるにもかかわらず、文学はふるわなかった。最初のバスク語で書かれた本は、記録上、1545年に印刷された宗教詩や恋愛詩をあつめた詩集「オレルキアク」だった。71年には新約聖書の翻訳がなされ、17世紀には宗教と軍事の年代記が出版された。 スペイン内乱(1936~39)後のフランコ政権は、バスク語の使用を抑圧した。現代の多くのバスク人は、バスク語の復権をこころみ、スペインのバスクでは、ナバーラ県でバスク語が県の公用語にみとめられたほか、バスク語教育が導入されている。
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