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19世紀後半、フランスからおこった文学、芸術運動。フランス語でサンボリスムsymbolismeとよばれる。
文学における象徴主義は、詩人や作家たちが物事を直接にのべるよりは、暗示、象徴をもちいて表現した審美的な動向をいい、おもに詩の分野を中心におこった。
フローベール、ゾラなど、19世紀半ばの写実主義、自然主義の作家たちが、実証的で正確な現実描写を方法としたのに対して、象徴主義の詩人たちは、詩の言葉の内に現実をこえた神秘的なものを暗示させることをめざした。「象徴」としての詩の言葉が、感覚できる事物と、感覚をこえたものとの媒介となるのである。このような神秘主義的な傾向は、19世紀前半のロマン主義からうけつがれたものといえる。 こうして、象徴主義の作品においては、自由でとらえどころのない音楽性や、非現実的でさまざまに解釈しうる神話性が特徴となっている。この点では、ドイツの作曲家ワーグナーの楽劇が象徴主義の詩人たちに大きな影響をあたえた。彼らはまた、厳格な韻律の規則からはなれて流れるような詩句(→ 自由詩)を生みだし、高踏派(パルナシアン)とよばれた前世代の詩人たちの型にはまった絵画的イメージをすてさった。
象徴主義の先駆けは、すでに19世紀前半、アメリカの作家ポーやフランスの詩人ネルバルにみられるが、本格的な象徴主義の幕開けとなったのは、「悪の華」(1857)や「パリの憂鬱(ゆううつ)」(1869)など、当時は「デカダン(頽廃的:たいはいてき)」と形容されていたボードレールの作品である。その後、ベルレーヌの「言葉なき恋歌」(1874)、ランボーの「酔いどれ船」(1871)や「地獄の一季節」(1873)、マラルメの「半獣神の午後」(1876)などの作品によって、この動向は大きく進展していった。 神秘主義の影響を色こくうけたボードレールの「照応」(1857)は、「象徴」の原理を詩の形式でしめし、ベルレーヌの詩「詩法」(1874執筆)も、詩句の中に音楽をとりもどすという象徴主義美学の宣言である。みえないものをみる「見者」を自称したランボーは、形式の面でも大胆な革新をおこない、自由詩の先駆けをなした。マラルメの緻密で抽象的な詩は、言葉の純度を極限にまで高めている。詩、演劇、舞踊などに関する彼の評論集「ディバガシオン(逍遥遊:しょうようゆう)」(1897)は、今日の文学、思想にも大きな影響をおよぼしている。また彼の文学サロン「火曜会」は象徴主義運動の拠点となった。詩人のジャン・モレアス、J.ラフォルグや批評家のレミ・ド・グールモンなどが、自分たちのグループの名称として「象徴主義」をもちいるようになったのは1880年代後半からである。
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