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項目構成
構文論(シンタクス)とは、文中での単語間の関係の研究である。例をあげると、英語でもっとも普通の語順はMary baked pies.「メアリーがパイを焼いた」にみられるように「主語—動詞—目的語」であり、Pies baked Mary.は英語の文として意味をなさない。これに対して、日本語の語順は「メアリーがパイを焼いた」にみられるように基本的には主語—目的語―動詞だが、日本語では文中の名詞の役割を「が」「を」のような助詞によって明確にあらわしているため、「パイをメアリーが焼いた」のように、語順の入れ替えが可能である。
古代より19世紀にいたるまで、言語学とはおもに書記言語の文献学的研究であった。 前5世紀というはやい時期に、インドの文法学者パーニニはサンスクリットの音と単語を記述し分析した。さらにのちに、古代ギリシャとローマで文法的範疇という概念が確立された。 何世紀もののち、印刷技術が発達し、聖書が何カ国語にも翻訳されて、さまざまな言語の文献があらわれたため、ことなる言語どうしを比較することが可能になった。 18世紀初頭にはドイツの哲学者ライプニッツが、ヨーロッパ・アジア・エジプトの諸言語が共通の源から発しているのではないかという仮説を提起し、比較文献学・比較言語学の誕生をうながした。ライプニッツの推論は、一部ただしく一部あやまっていることがのちに証明された。 18世紀の終わりに、イギリスの学者ウィリアム・ジョーンズ卿(きょう)が、サンスクリットがギリシャ語やラテン語に似ていることを指摘し、共通の源から発生したのだろうとのべた。19世紀初めの言語学者たちはこの仮説をさらに追求した。 ドイツの文献学者ヤーコプ・グリム(→ グリム兄弟)とデンマークの文献学者ラスクは、ある言語の単語の音が、別の言語の関連のある単語の中の似た音と対応している時には、その対応は規則的であることに気がついた。たとえば、ラテン語のpater「父」とped-「足」という単語の最初の子音pは、英語のfatherやfootにおける子音fに対応している。 19世紀後半までには、音の対応に関して多くの分析がなされた。ヨーロッパの青年文法学派は、同族の言語間の音の対応が規則的であることだけでなく、そうした音の法則には例外はなく、例外とみえるものは他の言語からの借用などによるものだという仮説を提起した。たとえば、「歯」をあらわす単語がラテン語ではdentalis、英語ではtoothとなるように、ラテン語のdは英語のtに対応するはずである。しかし、英語のdental「歯の」という語はdという音をもっている。 青年文法学派は、これは、音の対応の規則から期待されるtをもつtoothがもとからの英語の語であるのに対し、dentalはラテン語からの借用だからであると説明した。 ことなる言語の関連のある単語どうしを比較して規則的な音変化を発見するこの方法は、比較言語学的方法とよばれ、これにより、語族、つまりおたがい関係がある言語どうしのグループの設定がおこなわれるようになった。この方法により、語族の中のより小さいグループである多くの語派をふくむインド・ヨーロッパ語族が想定された。英語は、この語族の中のゲルマン語派に属する言語である。
20世紀において、言語学はいくつかの方向にわかれた。
記述言語学においては言語学者は、もとから存在する文献ではなく、母語話者からデータをあつめ、そのデータを音韻論、形態論、構文論といったいくつかのレベルにわけて、言語の要素を分析する。 こういった分析法は、それ以前にまったく記述されたことのないアメリカ先住民の諸言語を記述する必要にせまられたアメリカの人類学者ボアズとサピアが確立したものである。
アメリカの言語学者ブルームフィールドは、ボアズやサピアなどの仕事にのっとって、意味をなるべく考慮しないで行動主義的に外的要素のみによって言語を分析することを提唱し、記録のない言語の音と文法構造を発見する技術の重要性を強調した。このような言語の分析方法を構造主義といい、言語学のみならず人類学や哲学思想にも大きな影響をおよぼした。 アメリカの構造主義が実際の発話を重視したのに対し、ヨーロッパの構造主義は実際の発話と区別して、その基底にある抽象的な言語の体系を重視した。この傾向は、スイスの言語学者ソシュールの講義録が彼の没後1916年に発行された時点にはじまる。ソシュールはラング(フランス語で「言語」)とパロール(「話」)という概念を区別した。ラングとは、ある言語の話者がその言語で何が文法的かということについてもっている知識であり、パロールとは、その言語での実際の発話である。
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