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19世紀にはいると、プロテスタンティズムは熱心な伝道活動によって世界的な運動として発展した。また、しだいに多様性をおび、新しい教派や神学の体系が生まれた。19世紀にもっとも影響力をふるったプロテスタントの神学者は、ドイツのシュライエルマッハーである。彼は宗教を、無限の存在、すなわち神に依存したいという本能的な感情としてとらえ、人類にとって普遍的な経験であると考えた。教義よりも宗教的な経験を重視するこの見方は、自由主義にもとづく神学校でうけいれられた。 自由主義の神学者たちは、宗教を科学および近代社会と一致させようとした。聖書学に新しい歴史的評価と批判的な手法を導入し、歴史上の人物としてのイエスとその教えを、神話や教義による粉飾から区別しようとした。
プロテスタンティズムには保守的な動きもあり、とくに英国国教会のオックスフォード運動が有名である。これはカトリック的伝統や使徒伝承をまもることを主張する運動で、ニューマンら一部の指導者は最終的にカトリック教会にくわわった。この運動の信奉者はアングロ・カトリック主義者とよばれ、英国国教会に重要な影響をおよぼしつづけ、断食と告白(→ ゆるしの秘跡)を復活させ、女子修道会を創設した。
信仰覚醒運動は、ひきつづいてプロテスタントの世界に重要な影響をおよぼし、とくにアメリカではドゥワイト・ムーディらの伝道師を中心に盛んになった。リバイバル主義の教派が数多く生まれ、アドベンティストやホーリネス派などが知られている。
プロテスタントは19世紀を通じて、多くの人道主義的な運動や改革の動きに重要な役割をはたした。イギリスでは、福音派のプロテスタントが先頭にたって議会に対する抗議運動をおこし、イギリス領内における奴隷制の廃止を実現した。アメリカでもやはり福音派のプロテスタントが、奴隷制に対する反対運動(一部の教会では分裂の原因となった)を組織し、暴飲や売春など社会的な秩序の乱れに抗議した。 さらに、産業革命がひきおこしたさまざまな問題に呼応して、キリスト教社会主義や社会的福音運動がおこり、キリスト教の教義を実践して根本的な社会変革をめざした。
20世紀になると、神学的な自由主義に反発して2つの運動がおこった。そのひとつ、原理主義(ファンダメンタリズム)は、信仰覚醒主義にもとづくアメリカの運動で、聖書には神学的にも科学的にも絶対に誤りがないと主張した。もうひとつの運動は危機神学あるいは新正統派神学とよばれる運動で、第1次世界大戦の悲劇に対応して生まれ、スイスの神学者カール・バルトが中心となって提唱した。バルトは宗教改革の中心的な教義にたちもどり、人間がいかに罪深く、神がいかに絶対的に超越した存在であるかを説き、人間は本質的に神に依存していると主張した。しかし、原理主義とはちがい、近代の聖書学の結論をうけいれた。 第2次世界大戦後、原理主義から穏健な福音主義が生まれ、プロテスタンティズムの中心的な勢力となった。社会問題や政治問題にも深く関係するようになり、多くのプロテスタントが反戦運動や、バプティスト派のキング牧師ひきいるアメリカの公民権運動に参加した。 さらに重要なプロテスタンティズムの発展としては、信仰一致運動がある。これは世界各地のさまざまなプロテスタント教派がひとつにまとまったもので、1948年には世界教会協議会が結成された。プロテスタントはしだいにカトリック教会や東方正教会との対話をすすめるようになり、キリスト教以外の宗教との交流もみられる。
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