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項目構成
第2次世界大戦後の社会主義政権の成立で工業が国有化されてから、多くの部門で生産が大幅に増大した。工業および建設業部門の生産高は1939年には総生産の4分の1だったが、80年代後半には65%以上に達した。ただし社会主義国では、公共事業やサービス業など物的生産に直接かかわらない活動は総生産にふくまれていない。90年代初めの社会主義政権の崩壊以後、市場経済への転換がはかられ、92年には国営企業の民営化法が制定された。 金属、化学、食品加工、タバコ、機械工業は比較的新しい分野である。繊維工業はブルガリアの伝統産業で、綿工業をのぞけば原料もほぼ自給できている。セメント、煉瓦(れんが)、ガラスなどの建設資材の生産、皮革製品や靴の製造も盛んだが、後者は国内の需要をみたしていない。金属精錬、製鉄は、鉄鉱石をのぞいて原料の多くを輸入に依存している。ローズオイルはブルガリアの特産品で、香水の原料としてつかわれる。
1980年代後半、エネルギー生産の約65%は石炭、褐炭、石油によっていた。74年にコズロドゥイ原子力発電所が開設されてから10年間で、原子力発電が電力生産のほぼ3分の1を占めるまでになり、2003年では総発電量380億6500万kWhのうち、42%が原子力発電による。バルカン半島最大の電力輸出国で、ギリシャ、マケドニアなどはブルガリアからの輸入電力に依存している。 コズロドゥイ原子力発電所では6基の原子炉が稼働していたが、そのうち旧ソ連型の4基についてはEUから安全性に問題があると指摘され、2002年に2基が、のこる2基も、EU加盟にむけて06年末に閉鎖された。ブルガリア政府は、1991年に建設を中止したベレネ原子力発電所の建設再開を2004年に正式決定し、06年にロシア企業が工事を落札した。
通貨単位はレフ。銀行はすべて1947年に国有化されたが、90年代に国営銀行は統合されて減少する一方、民間銀行が増加した。資産面では外資系銀行が大きな割合を占めている。96~97年に多くの銀行が破産においこまれた銀行危機がおこった。発券銀行はブルガリア国立銀行。 外国貿易のほとんどが、旧ソ連や東ヨーロッパ諸国との取り引きで占められていたが、近年はそれ以外のイタリアやドイツなどとの貿易が増加している。2003年の輸入総額は109億103万米ドル、輸出は75億4021万米ドルである。おもな輸出品は、鉄・鉄鋼、衣類、靴、機械、輸送機器で、おもな輸入品は原油、天然ガス、機械、輸送機械、繊維、プラスチックなどである。
主要な交通手段は鉄道で、総延長は4163kmである。1954年、ドナウ川沿岸のルーセと対岸にあるルーマニアの町ジュルジュとをむすぶ橋が完成したことが契機となり、交通が発達した。これはドナウ川ではブルガリアとルーマニア間の最大の橋となっている。 ドナウ川は重要な通商路で、ルーセ、スビシュトフ、ロム、ビディンなど多くの河港都市がある。旧ソ連圏の国々との旅客や貨物輸送の大部分は、ドナウ川と黒海を通じておこなわれてきた。旧国営のバルカン航空は、国内ばかりでなく、世界の主要都市とをむすぶ路線をもつ。道路の総延長は3万7077kmで、舗装率は92%である。 テレビは1954年に実験局が開設され、59年から正式に放送を開始した。90年代初めまで定期刊行物はすべて、政府か政府の認可をうけた機関によって発行されてきた。おもな日刊紙は旧共産党機関紙「労働問題」、民主勢力同盟の機関紙「民主主義」など。
ブルガリアの労働運動は1990年に根本的な転換をむかえる。2月に労働組合中央評議会が共産党から独立し、独立労働組合執行委員会に改称した。3月には国会がストライキを合法化し、かつての地下労組「ポドクレパ」が正式に設立総会を開いた。
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