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  • ユダヤ教 - Wikipedia

    ユダヤ教 (ゆだやきょう)は、 古代 の 中近東 で始まった 唯一神 ヤハウェ ( יהוה )を神とし、 選民思想 や メシア (救世主)信仰などを特色とする ユダヤ人 の 民族宗教 である。ただしメシア思想は、今日では ハバド・ルバヴィッチ派 などを除いて ...

  • ユダヤ教

    ヤハウェを唯一絶対の神として信仰し、自民族はヤハウェの選民とし、モーセの律法を重んじ、旧約聖書を経典とするユダヤ教について解説しています。 ... ユダヤ民族(イスラエル民族)から発生した宗教。ユダヤ人が信奉する宗教。信仰対象は唯一絶対の神 ...

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ユダヤ教

ユダヤ教 ユダヤきょう Judaism
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

ユダヤ人(「イスラエルの民」ともよばれる)の宗教的文化。今日までつづいている、世界最古の宗教のひとつ。

近代以前のヘブライ語には、「ユダヤ教」という語も「宗教」という語も存在しなかった。ユダヤ人自身は、それを「トーラー」とよんだ。トーラーは神がイスラエルに啓示した教えを意味し、人々にひとつの世界観と人生のひとつの道(ハラハー)をあたえるものだった。あゆむべきこの「道」とは、ユダヤ教の律法、習慣、生活様式のすべてをふくむものだった。したがって、近代以前のユダヤ教は、それが歴史上いかなる形態をとったにせよ、個人と共同体の存在全体を包括するひとつの総合的な文化システムだった。それは、あらゆる者が神の支配につつみこまれるような、すなわち神のしめした宇宙の秩序と法にしたがうような、ひとつの聖化のシステムである。

キリスト教は、1世紀のパレスティナで競合しあっていた多くのユダヤ教のイデオロギーのひとつとして誕生した。イスラム教も、最初からユダヤ教の思想と伝統を部分的にとりいれていた。7世紀以降、ほとんどのユダヤ人はキリスト教かイスラム教の周辺で生活した。それゆえこの2つの宗教は、ユダヤ教のその後の歴史に刺激をあたえることになる。

ユダヤ教は、中東地方のイスラエルの地(パレスティナともよばれる)に成立した。しかしその後、ユダヤ人の自発的な移住や強制的な追放の結果、多くの時代をへるうちに、世界じゅうのほとんどすべての地域にユダヤ人の共同体が存在するようになった。

1990年代前半の世界のユダヤ人総人口は、約1280万人と推定されている。そのうち約550万人はアメリカ合衆国にすみ、390万人以上がイスラエルに、約120万人が旧ソビエト連邦地域にすんでいる。以上がユダヤ人共同体の3大中心地である。そのほか、約120万人が旧ソ連をのぞくヨーロッパ、とくにフランスとイギリスに、約35万6700人が合衆国以外の北アメリカに、約3万2700人がイスラエル以外のアジアに、約43万3400人が中南米に、約14万8700人がアフリカにすんでいる。

II

基本的な教義と資料

内容豊富で複雑な宗教的伝統をもつユダヤ教は、けっして一枚岩だったことはない。にもかかわらず、その多種多様な歴史的形態はすべて、多くの特定の性格を共有している。なかでももっとも根本的な特色は、徹底的な一神教だという点である。すなわちユダヤ教徒は、唯一の超越的な神が宇宙を創造し、その後もつねに摂理を通じて宇宙を支配していると信じる。この一神教をささえているのは、世界が理解可能なものであり、同時に目的にかなったものだという神学的な確信である。なぜなら、世界の背後には、単一の神の知性が存在しているからである。人間が体験するもののうち、気まぐれにおこるものはひとつもない。すべてのものが、究極的には意味をもっているからである。

伝統的なユダヤ教徒にとって、神の精神は、被造物をとおして自然の秩序の中に、また啓示を通じて社会的・歴史的秩序の中に、ともに明確なかたちでしめされる。世界を創造したのと同じ神が、シナイ山で自己をイスラエルの民に啓示したのである。この啓示の内容をなすのが、トーラー(啓示された神の意志)である。それは諸々の戒律(ミツウォート)というかたちをとって人間に表明された神の意志であり、個々人はそれらの戒律にしたがって、対人関係と神との関係の双方を規制しなければならない。神の律法をまもって生活し、神の意志に服従することによって、人は宇宙と調和したその一部分になることができる。

1

契約

ユダヤ教における第2の重要な観念は、神がユダヤ人とむすんだ契約(ベリート)である。伝承によれば、創造者なる神は、シナイ山でユダヤ人と特別の関係にはいった。すなわちユダヤ人は、神を唯一にして至上なる統治者、立法者として承認し、神の律法に服従する。他方で神は、イスラエルを自身に属する特別の民とみとめ、彼らのために特段の配慮をおこなう、という契約である。

聖書の著者たちも、後代のユダヤ教の伝承も、この契約を普遍的な文脈の中でみている。すなわち神は、反逆的な人類との契約にくりかえし失敗したのち、はじめて人類の中の一部分を契約相手としてえらんだ、というのである。イスラエルは「祭司の王国」となるべきであり、イスラエルが神の律法にしたがって確立する理想的な社会的秩序は、全人類の模範となるべきなのである。したがって、イスラエルは神と人類の間で両者を媒介する位置を占め、一方に対して他方を代理する役割をはたすのである。

契約の観念は、ユダヤ教における自然観と歴史観の双方を規定している。イスラエルが幸福をえられるかどうかは、神の戒律に服従するか否かにかかっていると考えられている。また、イスラエルの体験する自然界の出来事も歴史上の出来事も、神に由来するものとして、しかもイスラエルの宗教的行動によって影響されるものとして解釈される。したがって、人間の振舞と人間の運命の間に、直接的な因果関係が設定されているのである。

このような見方は、ユダヤ教において、神義論 (神の正義)の問題を先鋭化する。なぜなら、個々のユダヤ人とユダヤ民族全体があじわうことになった歴史的体験は、しばしば苦難にみちたものだったからである。聖書の「ヨブ記」以降、ユダヤ人の宗教思想の多くは、見かけ上の不正を前にしながら、いかにして正義と意味とを確認するか、という問題に没頭してきた。ときには、死後におこなわれる神の審判において善と服従は最終的にむくわれ、罪は罰せられるという信念によって、この問題の深刻さが緩和されることもあった。それによって、この世における不公平が再調整されると信じられたからである。

ユダヤ人が体験した異民族による支配や、イスラエルの地からの強制移住による屈辱も、世の終わりにはとりのぞかれると信じられた。神がダビデ王朝の末裔(まつえい)であるメシア(マシーアハ、王として「油をそそがれた者」の意味)を派遣して、ユダヤ人をすくい、彼らの地につれもどして王国を再建してくれる、と信じられたのである。古くから、メシア主義はユダヤ教思想における重要な一潮流だった。メシアの到来に対する熱望は、災難の時代にとくに強まった。そしてついには、メシア思想とトーラーの観念が相互にむすびつけられた。すなわち、ひとりひとりのユダヤ人が神の戒律をただしくまなび、遵守することが、メシアの到来をはやめると考えられたのである。かくして、個々人の行為に宇宙的な重要性があたえられることになった。

2

ラビ的伝統

ユダヤ教ではヘブライ語聖書(キリスト教徒のいう「旧約聖書」)を、「トーラー」すなわちモーセ五書、「ネビーイーム」すなわち預言書、「ケトゥービーム」すなわちその他の諸書の3つの部分に区分する。ユダヤ人はこれを、3つの部分の頭文字TNKをとって「タナック」とよぶ。ユダヤ教のあらゆる形態が、このヘブライ語聖書(以下、たんに「聖書」と略記する)に根ざしていることはまちがいない。

しかし、ユダヤ教を単純に「旧約聖書の宗教」とみなすことは誤りである。現代のユダヤ教は、キリスト教時代にはいった後1世紀のパレスティナとバビロニアにおけるラビたちの運動から生まれた究極的所産なのである。「ラビ」とは、アラム語およびヘブライ語で「わが師」を意味する。聖書と自分たちの伝統の研究に精通したユダヤの賢者であるラビたちは、神がシナイ山でモーセに2種類の律法を啓示したと主張する。すなわち神は、書かれたトーラー(聖書)とならんで、口伝律法をも啓示したのであり、後者はその後、師から弟子へととぎれることなく一語一句忠実に口承され、それが最終的にラビたち自身によって保存されている、というのである。

ラビたちにとって、この口伝律法は「ミシュナ」(「くりかえしまなばれ、おぼえられるべきもの」の意味)の中にまとめられている。ミシュナは文字に書かれた最古のラビ文献であり、3世紀初頭にパレスティナで編集された。その後のラビたちによるミシュナ研究の結果、パレスティナとバビロニアで2種類の「タルムード」(「学習」「研究」の意味。同じ意味のアラム語で「ゲマラ」ともよばれる)が生まれた。これは、ミシュナに対する膨大な注釈である。5世紀末に編集された「パレスティナ(またはエルサレム)・タルムード」と、6世紀の「バビロニア・タルムード」である。そのうち後者は、ラビ的ユダヤ教の基本文書となった。

初期のラビ文献には、聖書に対する釈義的・訓育的な注解(ミドラッシュ)や、聖書のモーセ五書やその他の部分のアラム語敷衍訳(タルグム)もふくまれている。中世のラビ文献には、タルムードの諸法規の集大成がふくまれる。その中でももっとも権威あるものは、16世紀のヨセフ・ベン・エフライム・カロの「シュルハン・アルーフ」(ととのえられた食卓)である。

ユダヤ教で「トーラーの研究」といえば、たんにモーセ五書(狭義の「トーラー」)の研究ではなく、これらの文献すべての研究を意味する。

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