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    City information for roma of europe. ... 遺跡、寺院、美術館等みどころがいっぱい詰まったローマ。季節や天気によって印象 を変えるローマ。伝説によれば紀元前8世紀に遡るといわれ、誕生から今日まで幾多の 浮き沈みを繰り返してきました。「ローマは1日にして ...

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    ローマ市 ( Comune di Roma 、 羅馬 市)は、 イタリア の 首都 。 ラツィオ州 の州都、 ローマ県 の 県庁所在地 でもある。

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ローマ

ローマ Roma
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

イタリアの首都。ラツィオ州ローマ県の州都、県都。ティレニア海にそそぐテベレ川河口から25kmほどさかのぼった位置にある。市内にはローマ・カトリック教会の中心バチカン市国があり、サン・ピエトロ大聖堂の堂々とした丸屋根が空にそびえている。人口は255万3873人(2005年推計)。

ローマが「永遠の都」とよばれてきたのは、かつてのローマ帝国の首都で、西洋文明を代表する都市のひとつであり、またローマ・カトリック教会の中枢だからである。1871年からは統一イタリアの首都となっている。

II

経済

ローマがミラノナポリのような大都市においついて、ふたたびイタリアの最重要都市となったのは、第2次世界大戦後のことである。ローマの経済は基本的に行政と観光によっている。労働者の大半はこの分野と卸売、小売業などのサービス業に従事している。またローマには、多国籍企業の本拠地や国連食糧農業機関(FAO)国際農業開発基金(IFAD)、世界食糧計画(WFP)の本部がおかれている。

第2次世界大戦後、ローマの産業は大幅に発展した。織物や観光みやげのような伝統的な生産品に、プリント生地、高級衣料、加工食品、医薬品、機械、紙製品、金属製品がくわわった。映画産業もおこった。

ローマはイタリアの鉄道網の中心に位置し、国内の大半の地域と幹線道路でむすばれている。市内には地下鉄がはしり、海岸の近くにはレオナルド・ダ・ビンチ国際空港がある。

III

都市の景観

伝説によれば、ローマは前753年、テベレ川東岸の「ローマ七丘」のひとつ、パラティヌスの丘に建設されたという。七丘とは、カピトリヌス、クイリナリス、ウィミナリス、エスクィリヌス、カエリウス、アウェンティヌス、パラティヌスの丘をさしていた。しかし考古学的には、前1000年にはすでに人が定住していたことが証明されている。何世紀にもわたる建設工事の結果、七丘の大部分は今では平野とほとんど見分けがつかない。ほかにピンチョの丘とジャニコロの丘がある。

今日のローマは2つの地域にわけることができる。1つは、3世紀後半に七丘の周囲をとりかこんで建設されたアウレリアヌス帝の城壁内側の都心部で、1つは郊外まで無計画に広がる市街地域である。歴史的に由緒のある地区は意外に狭く、そのほとんどがテベレ川の東岸にある。ローマの過去の栄光をしめす記念建造物の大部分は歴史的地区にある。ローマ南部の副都心EUR(エウル)の近代的な地区などとは際だった対照をみせている。

ローマの街路はこの都市の長く複雑な歴史を反映している。コルソ通りは、市の中心であるベネツィア広場から北のピンチョの丘の麓(ふもと)にあるポポロ広場まで通じている。この通りの起源は中世にさかのぼるが、当時は競馬競技のコースだった。ベネツィア広場には統一イタリアの初代国王ビットリオ・エマヌエレ2世の名を冠した記念堂(1895~1911年建設)や、15世紀のベネツィア宮殿などがたっている。そのほかの大通りは19世紀後半以降に計画され、建設されたもので、第1次世界大戦でのイタリアの最終的な勝利を記念してつくられたベネト通りなどがある。ローマ最大のボルゲーゼ公園やピンチョ公園は、ポポロ広場近くにある。

IV

名所

ローマは、前7世紀以降のエトルリアの最盛期から現代にいたる各時代の記念建造物の宝庫である。ごく初期の王政や共和政時代の遺物は比較的少ないが、ローマ帝国の遺物はおびただしい数にのぼる。

古代神殿で後世教会に改築されたパンテオンや、剣闘士の格闘など壮大な見世物をおこなった巨大な円形劇場コロセウムをはじめ、古代の城壁、凱旋(がいせん)門、フォルム(広場)、教会、宮殿といった建造物が列をなしている。おもなものには、古代の商業と宗教の中心であったフォロロマーノ(フォルムロマヌム)や皇帝のフォルム、カラカラ浴場、初期のキリスト教徒が死者を埋葬した地下道墓地で壁画をのこすカタコンベハドリアヌス帝の墓所として建設され、中世に改築されて砦(とりで)となったサンタンジェロ城がある。教会建築としては、ローマの大聖堂であるサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ教会(4世紀創建、17~18世紀改築)、古代の城壁外にあるサン・パオロ・フオリ・レ・ムーラ教会(4世紀創建、19世紀再建)、ミケランジェロのモーセの像があるサン・ピエトロ・イン・ビンコリ教会(5世紀建設、15世紀改修)がとくに有名である。

人気のある旧跡としては、ほかにミケランジェロ設計のカンピドリオ広場、彫刻家ベルニーニの「四大河の泉」をはじめ3つの泉があるナボーナ広場がある。サンタ・マリア・デラ・ビットリア教会はこのベルニーニの最高傑作とされる「聖テレサの法悦」で知られている。このほかボロミーニ設計のサン・カルロ・アレ・クワトロ・フォンターネ教会はバロック建築のすぐれた例である。18世紀バロック様式の「トレビの泉」では観光客が願い事をしてコインをなげいれる。また有名なスペイン階段のあるスペイン広場は18世紀に建設されたもので、階段をのぼった所にはトリニタ・デイ・モンティ教会(15世紀)がある。それ以後のものとしては、1960年の第17回オリンピック大会のためにつくられた建築群があげられる。代表的なものに、現代イタリアの建築家ネルビが設計したスポーツ宮殿がある。

ローマは2000年以上昔からの記念建造物をなお擁しているが、はげしい交通量のため環境汚染や震動がひどく、深刻な問題となった。現在、歴史的地区への普通車やトラックの進入制限などの措置がとられ、少しずつ保存対策が強化されている。

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