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Windows Live® の検索結果 ギリシャ伝説にある、トロイアとギリシャ連合軍との有名な戦争。この伝説については、史実であるかどうかをめぐって議論があったが、シュリーマンをはじめとする考古学者の調査の結果、戦争によって焼失したトロイアの遺跡が発見され、実際に戦争があったことが証明された。この戦争は、ミュケナイ後期のギリシャと、現在のトルコの一部であるアナトリアのトローアドの住民との史実上の戦争がもとになっている。 伝説によれば、戦争のそもそもの起こりは、争いの女神エリスが、フティア王ペレウスと海の女神テティスとの結婚式で、神々の席になげこんだ「もっともうつくしい女神へ」としるした黄金のリンゴだとされている。このリンゴをめぐってヘラ、アテナ、アフロディテの3女神の間に争いがおこり、ゼウスから裁定をゆだねられたトロイアの王子パリスは、世界一の美女、スパルタ王メネラオスの妻ヘレネをあたえると約束した愛の女神アフロディテに、このリンゴをあたえた。そこでアフロディテの助けで、パリスはヘレネをトロイアへつれさった。 これにメネラオスは激怒し、ミュケナイ王アガメムノンを総大将とするギリシャ連合軍が組織された。アキレウス、パトロクロス、大アイアス、小アイアス(→ アイアス)、テウクロス、ネストル、オデュッセウス、ディオメデスなど多くのギリシャの英雄たちが、トロイア遠征軍に参加した。 トロイアがヘレネの返還を拒否したため、ギリシャの英雄たちはアウリスの港に結集し、1000隻の大船団でトロイアへむけてせめよせた。トロイア包囲戦は10年にもわたった。最初の9年間は大きな動きはなく、10年目に、アキレウスがアガメムノンと対立して戦線を離脱した。ホメロスの「イーリアス」は、この経緯についてえがいている。しかし、親友パトロクロスの死に奮起したアキレウスは戦場にもどり、トロイアの総大将ヘクトルをうちとる。後代の叙事詩には、このあと、トロイアの援軍アマゾンの女王ペンテシレイアやエチオピア王メムノンと、アキレウスとの戦いなどもえがかれている。 結局、トロイアはギリシャ軍の計略によって陥落する。ギリシャ方は撤退するとみせかけ、巨大な木馬をつくってその中に精鋭部隊がかくれ、トロイア方が木馬を城内にひきいれたところで、兵たちが外へでて町に火をつけ攻撃した。トロイアの男たちは殺害され、女たちはとらえられたが、アイネアスだけは少数の生存者をつれてトロイア脱出に成功し、ローマ人の祖になったとされる。この話はウェルギリウスの「アエネーイス」にかたられている。 勝利を獲得したギリシャの英雄たちの帰国の経緯や、その後の成り行きについても、多くの叙事詩でえがかれ、とくに10年間の流浪の末にやっと帰国したオデュッセウスの冒険をかたった、ホメロスの「オデュッセイア」はよく知られている。
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