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1972年3月と73年4月にうちあげられたアメリカのパイオニア10号と11号は、火星軌道の先の未踏であった小惑星帯(→ 小惑星)を無事にとおりすぎ、73年12月と74年12月に木星のそばを通過した。258kgの2機の探査機は、木星から13万1500kmと4万1000kmのところを通過した。パイオニア10号はさらに太陽系の外へと旅をつづけ、太陽系外におくられた最初の人工物体となった。約8万年後に最初の星と遭遇する予定である。パイオニア11号は79年9月に土星から2万1400kmまで接近した。 ジェット推進研究所で開発され、1977年にうちあげられたボイジャー1号と2号は、79年の3月と7月に木星系およびその衛星のいくつかにも接近し、さまざまな測定をおこない、写真を撮影した。その後、これらの探査機は80年11月と81年8月に土星系のそばをとおりすぎた。両探査機とも現在も活動中で、データ収集をつづけながら、太陽系の外側に広がる深宇宙をめざして飛行中である。 1989年10月にスペースシャトル「アトランティス」から放出された惑星探査機ガリレオは、95年12月に木星の大気圏内に7個のプローブ(探査装置)を投下し、58分間観測データを送信した。その後、ガリレオの本体は、木星とその衛星の観測をおこなっていたが、2003年9月に木星の大気圏に突入し、消滅した。 NASAの惑星探査機カッシーニ=ホイヘンスはアメリカとヨーロッパ13カ国共同の土星探査計画で、1997年10月にうちあげられ、2004年7月に土星の周回軌道にのった。08年まで土星系の観測をおこなう予定となっている。探査機にはヨーロッパ宇宙機関(ESA)が製作した小型探査機のホイヘンスが搭載されていて、05年1月には衛星のひとつであるティタンに軟着陸した。その飛行中には大気圏の組成などが観測された。
土星のそばをとおりすぎたあと、ボイジャー2号は天王星へとむかった。1986年1月、雲でおおわれた天王星から約7万km以内のところをとおりすぎ、新しく4本の環と10個の新しい衛星を発見した。さらにこの探査機は衛星のひとつミランダにも接近し、氷でできたミランダの写真をおくってきた。それからボイジャー2号は海王星へとむかい、89年8月に5000km以内のところを通過し、太陽系を最終的にはなれる前に海王星の新しい衛星を6個発見した。
1957年に最初の人工衛星の打ち上げに成功してからまもなく、ソ連とアメリカは地球をまわる軌道に人間をおくりこむ計画をスタートさせた。両国は無重力が生物にあたえる影響を調査するために、イヌとサルを軌道へおくった。
最初に宇宙に人間をおくったのはソ連であった。宇宙飛行士ガガーリンは1961年4月12日にウォストーク1号で地球を1周し、「地球は青かった」とつたえてきた。1時間48分の飛行中に、彼は327kmの遠地点と180kmの近地点に到達し、無事にシベリアに着陸した。63年6月16日にうちあげられたウォストーク6号の宇宙飛行士であるテレシコワは宇宙を飛行した最初の女性である。彼女は地球を48周した。→ ウォストーク 一方、アメリカのマーキュリー計画も形をなしつつあった。1961年5月5日、シェパードはフリーダム7号で15分間の有人弾道飛行に成功し、宇宙にとびたった最初のアメリカ人となった。62年2月20日には、グレンがアメリカ人としてはじめて地球を3周した。
ソ連はウォストーク宇宙船を改造して、2人から3人の宇宙飛行士をのせられるウォスホート宇宙船を準備した。1964年10月12日、宇宙飛行士コマロフ、エゴロフ、フェオクチストフがウォスホート1号で16周の飛行をおこなった。これはこの年おこなわれた唯一の宇宙飛行で、旧ソ連の宇宙飛行士が宇宙空間ですごした時間の合計は455時間になった。アメリカの合計は54時間しかなかった。65年3月18日、宇宙飛行士ベリャーエフとレオーノフの2人がウォスホート2号でうちあげられた。この17周の飛行中、レオーノフは最初の宇宙遊泳に成功し、命綱をつけて船外活動(EVA)をおこなった。
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