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Windows Live® の検索結果 前2300~前1700年ごろインダス川流域を中心にさかえたインドの古代文明。エジプト文明、メソポタミア文明、中国文明(黄河文明、長江文明)とともに古代の四大文明にかぞえられる。1920年代初頭、ハラッパーがサハニにより、ついでモヘンジョ・ダロがバネルジーによって発見され、この文明の存在が明らかになった。その後、各地で発掘調査され、現在までこの文明の遺跡が大小300ほどみつかっている。2000年春には、グジャラート州のカッチ湿原内のカディール島でモヘンジョ・ダロやハラッパーに匹敵する都市遺跡ドーラビーラ(ドーラービラー)の全貌が明らかとなった。遺跡は、パキスタンのインダス川流域を中心に、西は海岸沿いにイラン国境まで、東はニューデリーにいたるまでのインド北西地域、そして北アフガニスタンのアムダリヤ(オクソス川)流域まで広がっている。 発掘された遺跡をみると、日干し煉瓦の建物の小規模な村落遺跡が多い。モヘンジョ・ダロやハラッパーのような大都市では、焼成煉瓦(→ 煉瓦)造りの建物が道路によって区画されており、大きな公共の建物も多く計画性がみとめられる。大都市の広さは1km²にみたないが、市街地区と城塞(じょうさい)地区に2分され、城塞の周囲を壁がめぐっている。 インダス文明は、高度な工芸技術をもっていた。赤地で黒色彩文の土器、車など土製の玩具、人間あるいは神をかたどった彫像、紅玉髄製の数珠(じゅず)玉、青銅・金・銀など貴金属の装飾品、道具類といったものである。表にドラビダ語の特徴をもつインダス文字や一角獣・牛・サイなどを陰刻した印章も多数出土している。しかしインダス文字が未解読なこともあって、この高度な文化をもっていた人々の社会がどのようなものだったかほとんどわかっていない。 前2000年をすぎて間もなく、生態系の変化や異常隆起がインダス川流域でおこり、洪水や流路変更で人々は多くの村落をすてなければならなかった。そのため大都市を中心にきずかれてきた文明の基盤がくずれてしまい、前1700年ごろには活力をうしなった。衰退要因には、このほかにもメソポタミアとの交易の途絶などがあったと考えられる。
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