Windows Live® の検索結果
Windows Live® の検索結果 ページ 3 / 6
項目構成
長寿のサクラのほとんどが本種で、各地に巨樹、名木がのこる。別名アズマヒガン、ウバヒガン。本州、四国、九州の山地に自生する。高さ15~25m。3~4月にピンク色または白色の花がさく。花の直径2.5~3cm。がく筒がまるくふくらむ特徴がある。樹勢が強く、大木となり樹齢が長い。 花や葉の形はエドヒガンと同じだが、枝が長くたれさがるものをシダレザクラ(枝垂桜)またはイトザクラとよび、平安時代のころから庭園や寺社などに植えられてきた。
サクラのなかでいちばんこい赤色になる種類。原産地は中国南部と台湾だが、沖縄県の石垣島などに野生化している。別名ヒカンザクラ。高さ5~7m。沖縄では1月からさきはじめる。花の直径は約2cmで、鐘形で半開きのまま花弁とがく筒がはなれずにいっしょにおちる特徴がある。学名のカンパニューラ(鐘)はこの花形による。暖地性のサクラなので、栽培は関東南部ぐらいが限界である。関東での開花は3月下旬。カンヒザクラは鹿児島県や沖縄県で公園樹などに多い。名護市では10万本をこえるカンヒザクラが植えられ、名所となって1~2月はにぎわう。
北海道から九州までの深山に生え、とくに北日本に多い。高さ10~15m。5~6月に総状花序をだし、純白で小形の花をつける。サクラ類で総状花序は本種のみ。花の直径は約2cmで、花弁はまるく、中心からおしべが長く放射状につきでてよくめだつ。秋にうつくしく紅葉する。ミヤマザクラは大気汚染に弱いのであまり栽培されず、園芸品種もない。
古代日本では、サクラは春の訪れをつげるだけでなく、農業の1年を予想する花であった。人々はサクラの咲き方や花持ちをみて、その年の気候の特徴を知り、稲作を考えた。サクラは「古事記」や「日本書紀」にも書かれ、「古事記」にでてくるオオヤマツミノカミ(大山祇神)の娘のコノハナノサクヤヒメ(木花之開耶姫)の木花はサクラのことで、開耶が転じてサクラとなったとされる。 日本最古の歌集「万葉集」は奈良時代の歌を中心にあつめられているが、そのなかにサクラをうたったものが40首ある。いちばん多いのはハギの140首、ついでウメの118首で、サクラは3番目である。サクラはもともと野山に生える野生の木であり、中国文化の影響もあってそのころ庭園に植えられ、身近にあるうつくしい花として人々に愛されていたのはウメであった。「万葉集」のサクラはほとんど山野のものをうたっているが、庭のサクラをよんだものが少しある。ウメと同じようにサクラを庭に植えて観賞する風潮は、このころはじまっていることがわかる。
「万葉集」から少し後にでた「古今和歌集」では、サクラをうたったものがウメより多くなった。花の代表がウメからサクラにかわったのは、平安時代の承和年間(834~848)といわれる。京都御所の紫宸殿の庭には「右近の橘(たちばな)」と「左近の梅」が植えられていたが、このウメがサクラにかえられ、「左近の桜」になったのがこのころであり、サクラの重用をものがたっている。また、平安時代に書かれた「源氏物語」にもサクラはうつくしい花としてえがかれている。
|
© 2009 Microsoft
![]() ![]() |