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  • 技術と文明の歴史

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技術と文明

技術と文明 ぎじゅつとぶんめい
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

技術とは人類が物質的環境を支配したり、理解を深めるために、道具や機械をつくるプロセスに対する一般的名称。英語では技術をテクノロジーともいうが、この言葉はギリシャ語の芸術とか工芸を意味するテクネ(tekhnē)と、学問分野を意味するロジア(logia)からきている。また日本では、技術、科学技術と訳されている。したがってテクノロジーは、文字どおり物や製品をつくりだす研究、または科学を意味する。科学

多くの科学史の専門家は、技術は先進工業文明の必須条件であるというだけでなく、技術的変化の速度が、近世においては、文明の発展にいっそうのはずみをつけたと議論する。今日では、技術革新は、地理的限界や政治的システムと関係なく、幾何級数的に増加する速度であらわれているようにみえる。これらの革新は、伝統的文化システムを変革する傾向があるので、しばしば予想外に重大な社会的影響をひきおこすこともある。したがってテクノロジーは、創造的プロセスであると同時に、破壊的プロセスでもある、と考えることもできる。

II

科学と技術

科学と技術という言葉の意味は、時代とともに大きくかわってきた。しかしながら、この2つの言葉の間には、相違点より共通点のほうが多い。

科学と技術はいずれも、物質世界における因果関係にかかわり、そして、繰り返しによって証明できる実験的方法を採用している(科学的方法)。

科学というものは、少なくとも理論的には、結果を実際に活用することにはあまり関心をもたず、一般法則を開発することにより深い関心をもっている。しかし、実際には、科学と技術は一体不可分にからみあっている。この2つが相互にかかわりあっているということは、化学者、エンジニア、物理学者、天文学者、大工、陶芸家など、多くの専門家の歴史的な発展をみればよくわかる。

ことなる教育的必要条件、社会的地位、専門用語、方法論、報酬のかたちなどが、制度的な目的や職業としての目標とあいまって、科学者と技術者の活動を区別するのに寄与しているが、歴史をみると、「純粋」科学の専門家が理論的な貢献だけでなく、多くの実用的な貢献もしている。

事実、科学は技術的革新のためのアイデアを提供するものだ。したがって、純粋な研究は、産業文明における技術の重要な発達に必須であるという観念は、本質的に一種の神話にすぎない。

産業文明の大きな変革の多くは、実験室でもたらされたものではない。力学化学天文学冶金、および水力学などの分野における基本的な道具と製造工程は、それらの機能を支配する法則が発見される前に発達した。たとえば蒸気機関は、その作動の背後にある物理的原理について、熱力学という科学が説明をあたえる前に、世の中で広く利用されるようになった。

近年、科学と技術のはっきりとした価値の区別がなされるようになってきた。科学の進歩には、往々にして、きびしい反対論があらわれる。今日では、多くの人々が科学よりも技術をおそれるようになった。これらの人々にとって、科学は、おだやかで客観的な自然の永遠の法則を理解するための源だが、現代社会におけるテクノロジーの勢いは、とても管理できないもののようにみえる。

III

古代および中世

技術は人間が長期間にわたって試行錯誤をくりかえし論理をつみかさねた結果、生まれてきたものである。このことは、初期のひじょうに単純な道具の時代から、現代生活まで大きな影響をあたえている、複雑で大規模なネットワークへ転換した進化の過程をかえりみれば、よく理解できる。説明を単純化するために、以下主として、西洋世界での発達に焦点をしぼるが、その他の文化からの大きな貢献も説明する。

1

初期の技術

知られているうちでもっとも初期の人類の遺産は、東アフリカで発見された打製石器(石器)である。それらは約250万年前にさかのぼり、石器時代の始まりを特定するのに役だっている。最初にこのような道具をつくったのは、定住せずに移動生活をする狩猟民族のグループだった。彼らは、食物を調理したり着物や住居をつくるのに石器をつかった。やがて、西洋ナシの形をしたハンド・アックスのほか、スクレーパー(削器)やナイフ形石器など各種の石器が登場し、石器が、道具をつくるための道具にもなった。サルなど動物にも道具の使用はみられるが、ほかの道具をつくりだすための道具をつくるこの能力は、人間をほかの動物と区別するものである。動物の道具使用

技術の歴史における次の大きなステップは、火の利用である。火打ち石を黄鉄鉱に打ちつけて火花をだすことによって、人間は自由に火をおこすことができるようになった。それによって、自然からえた火をたやさないようにする必要性から、解放された。火は、照明と熱という明確な利点のほかに、土器をやいて耐熱容器をつくるのにもつかわれた。耐熱容器は穀物の料理や、醸造や発酵にもつかわれた。その後、その中で金属を精製することができる、坩堝(るつぼ)をつくることができるようになった。

初期の技術が、ただたんに実用的な道具だけに集中したわけではない。色のついた鉱物が顔料をつくるために粉末にされ、人間の身体や土器、かご、着物、そのほかさまざまな物につかわれた。顔料を探しもとめて、古代の人々は緑色のクジャク石や青い藍銅鉱を発見した。このようなを含有する鉱石は、たたいても粉末にはならず、研磨することはできたが、削ることはできなかった。

銅鉱石はこのような性質をもっていたので、間もなくそのかけらが宝石とされた。古代の人々は、もし銅をくりかえしてハンマーでたたき火にいれると、割れたり、ひびが入ったりすることがなくなる、ということもおぼえた。焼なましとよばれる、金属の残留応力を除去するこの工程は、じつに、人類の文明を石器時代から脱出させたのである。とくに前3000年ごろに人々は、スズと銅をまぜあわせると青銅ができる、ということを発見した(青銅器時代)。青銅は、銅よりももっと加工が容易になるだけでなく、剣や鎌などに必要なより鋭い刃をつくることができた。

銅は、チグリス・ユーフラテス川の源流であるシリアやトルコの山すそにも産出したが、古代におけるもっとも大きな銅の鉱床は、クレタ島で発見された。このきわめて価値のある資源に到達できる船の開発にともない、クレタ島のクノッソスは、青銅器時代でもっとも豊かな鉱山業の中心となった。

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