関連項目
検索
エンカルタ内で検索 : 尾形光琳

Windows Live® の検索結果

  • 尾形光琳 - Wikipedia

    尾形 光琳 (おがた こうりん、 万治 元年( 1658年 ) - 享保 元年 6月2日 ( 1716年 7月20日 ))は、 江戸時代 の 画家 。 工芸家 。 尾形光琳は、後代に「 琳派 」と呼ばれる装飾的大画面を得意とした画派を生み出した始祖であり、江戸時代中期を代表する画家の ...

  • 尾形光琳-主要作品の解説と画像・壁紙-

    尾形光琳 Ogata Korin:17世紀後半から18世紀にかけて主に京都や江戸(東京)で活躍した琳派を代表する絵師。雅で優美な伝統(古典)を感じさせる大和絵的な描写の中に、斬新な構図や画面展開を取り入れ、明瞭かつ装飾的でありながら革新的な独自の様式を ...

  • Amazon.co.jp: 尾形光琳 (新潮日本美術文庫): 仲町 啓子: 本

    対象商品: 尾形光琳 (新潮日本美術文庫) 仲町 啓子 在庫あり。 在庫状況 について この商品は、 Amazon.co.jp が販売、発送します。 この商品は 1500円以上国内配送料無料 (一部例外あり)を利用して発送されます。

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

尾形光琳

尾形光琳 おがたこうりん
百科事典項目

1658~1716 江戸中期の画家。名は惟富(これとみ)、のち方祝(まさとき)。35歳ごろから光琳の通称をもちいた。ほかに澗声(かんせい)、道崇(どうすう)、寂明(じゃくみょう)などの号がある。京都の呉服商雁金屋(かりがねや)の2男で、5歳下の弟に乾山がいる。

はじめ余技的に狩野派の画法をまなんだが、30代後半ごろから本格的に画家になることを決意し、しだいに俵屋宗達に私淑するようになった。その作風は、宗達風の写実性と装飾性を継承、発展させながら、斬新な意匠効果をくわえた点に特徴がある。現在のこっている絵画の大部分は、1701年(元禄14)法橋(ほっきょう:絵師などにもあたえられた高位の僧位)になって以降に制作されたものである。

壮年期の「燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)」と晩年の「紅白梅図屏風」の2大代表作のほか、パトロンであった銀座役人の肖像画「中村内蔵助(くらのすけ)像」(1704)、津軽家に伝来した「草花図巻」、宗達の作品によった「風神雷神図屏風」などがある。津軽家は酒井家とともに、光琳が江戸でつかえた大名家のひとつであった。

通常の鑑賞用の絵画のほか、扇面、団扇、香包(こうづつみ)、着物などの実用品の装飾も手がけ、硯箱や印籠などの蒔絵デザイン、陶器の絵付けなどにもすぐれた才能を発揮した。その画風と生活芸術全般をおおう活動の幅広さにより、日本美術の装飾美・意匠美を代表する画家と目されている。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2009 Microsoft