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当初の客車は、駅馬車に鉄道の車輪がついたもので、長さがおよそ4.6m、幅が2.1mだったが、まもなく、4輪ではなく、もっと大型の6輪車が導入された。ヨーロッパの客車の多くは、コンパートメントという部屋にしきられている。そのほかの列車は、一方にせまい通路がついており、旅の間、乗客はトイレや食堂車にいける。ポーター・サービスや指定席のついたアメリカの寝台車やパーラーカーは、ほぼヨーロッパの一等車に相当し、デイ・コーチ(普通客車)は二等車にあたる。
世界最初の寝台車は、1836年にアメリカで採用された。これは一方の壁側に粗末な段々ベッドをすえつけたものであった。59年、アメリカの発明家ジョージ・プルマンは、アルトン鉄道会社の2台の車両を寝台車に改造し、64年に、その後約75年間アメリカの標準となった寝台車の特許をとった。
1930年代に旅客サービスは大幅に改良され、車両の軽量化、流線型の列車の採用、空調設備の改良および高速化などを実現した。しかし、第2次世界大戦後のアメリカでは、旅客列車の衰退がはじまった。60年代後半までに、鉄道は郵便と貨物の急行便事業をうしない、旅客サービスも赤字を累積してきた。議会は、71年にアメリカ旅客鉄道輸送公社(アムトラック:Amtrak)を設立してこれに対応し、アムトラックは、全米の都市間旅客列車を責任管理することになった。82年までに、アムトラックは、いくつかの鉄道会社からうけついだ古い客車や機関車を新型にかえた。これらによって年間乗客数は、72年の1660万人から、86年には2020万人に増加した。
現代の鉄道の主役は、アメリカからほかの国にうつった。1964年(昭和39)には、日本の国鉄が東海道新幹線を開業することで、高速鉄道サービスを開始した。 ヨーロッパでは、ドイツとフランスは独自の高速サービス網を発達させ、1981年に、フランスの国有鉄道は、パリ~リヨン間とパリ~ジュネーブ間に、時速260kmで運行するトラン・ア・グランドゥ・ビテス(TGV)という高速鉄道を開通させた。イギリスの鉄道は、特急列車のために新しい鉄道を建設せず、アドバンスド・パッセンジャー・トレイン(APT)を発展させて、既存の線路で操業することにした。APTは、従来の旅客列車よりもはるかに高速の、時速210kmでカーブをまがる車両傾斜機構を使用した。しかし列車の安定装置に問題があって、操業は大幅におくれ、ロンドン~スコットランド間で運転を開始したのは1984年である。
積載能力が大きくなればなるほど、車両の自重に対する荷重の比率は大きくなる。たとえば、全長14.6m、重さ27tの石炭運搬車は、77tの石炭をはこぶことができる。しかし、全長15.24mで、34tの重さ(23%増)の石炭運搬車は、109t(41%増)の石炭をはこぶことができる。前述の77tおよび109tの積載能力のある石炭運搬車は、一般の使用では、もっとも大きな貨車の部類にはいる。現在、よくつかわれている36~45tの積載能力のあるボックスカーは、75年前の貨車と比較すると大きな相違がある。その当時は、9~14tの積載能力が一般的だった。イギリスでは、短距離、小口の委託貨物が多く、ほとんどの貨車は14t以下の荷物を輸送している。 特定の目的にあわせて、いろいろな特別設計貨車がつくられている。大型のセミトレーラーを低床貨車で輸送するのは、24.4mのフラットカーである。肉そのほかの生鮮食品のためには、冷凍車や保温車が必要である。生きたニワトリや家畜のための貨車もある。アンモニアのような気体、ガソリン、石油、アルコール、酸、および塗料などのような液体、半固体または液をふくむ固体は、タンクカーで運搬される。
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