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Windows Live® の検索結果 水をはこぶためにつくられた人工的な水路。ふたなしあるいはふたのある水路、トンネル、パイプラインなどの形式がある。水路橋は谷や川をこえて水路をつなぐためのものである。→ 橋 灌漑とは独立して水道がつくられたのは前1000年ごろと考えられ、古代インダス文明やメソポタミア文明の遺跡からも施設の一部が発見されるが、古代世界でもっとも広範囲に建設されたのは、古代ローマ人の水道システムである。最初に建設されたアッピア水道は長さ16kmをこえる地下水道で、前312年にローマの監察官(ケンソル)であったアッピウス・クラウディウス・カエクスによってつくられ、その名にちなんで命名された。ローマのマルキア水道は前144年に執政官(コンスル)であったアクア・マルシウスによって建設されたもので、ローマで最初の地上水道である。そのうち橋になっている部分は16kmにおよぶ。古代ローマには9つの水源と11系統の水道があり、1日当たり100万m³もの水を都市に供給し、総延長は400kmに達していた。現在でもそのごく一部が、ローマの噴水に水をはこぶのにつかわれている。古代ローマ人は帝国のすみずみまで水道をはりめぐらせ、その一部もまだのこっている。 時代がくだって、ロンドンでは1581年、パリでは1608年に水源から水車で水をあげて配水する水道が設置された。日本では1590年(天正18年)に着工されたといわれる神田上水(→ 神田川)をはじめ、江戸の町に大きく6系統の似たような水道があった。濾過(ろか)した水を鉄管でくばる「近代水道」がはじめて敷設されたのは横浜市で、1887年(明治20年)のことである。その後、函館、長崎に整備され、東京市は91年に着工、17年におよぶ工事をへて1908年に完成した。明治から大正にかけて60余りの都市に近代水道がもうけられた。→ 水資源
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