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山東省竜山鎮城子崖で発見された新石器時代後半期の黒陶をきっかけに命名された文化。ロンシャン文化ともいい、文化名は竜山鎮にちなむ。山東省域の竜山文化は同じ分布地域にある大汶口文化を継承したもので山東竜山文化とよび、仰韶文化を継承した黄河中流域の竜山文化とは区別する。
この竜山文化は陝西省から河北省南部、安徽省北西部にかけての黄河中流域にひろがり、前期と後期に大別される。前期は廟底溝(びょうていこう)第2期文化にあたり、住居は円形の半地下式で床には石灰をぬっている。住居内にいくつかの袋状貯蔵穴と、住居に近接して窯(かま)と共同墓地がある。石器は、磨製石器がふえ、伐採石斧は重厚で大型になり、石包丁や石鎌(いしがま)もつくられた。豚・犬・牛・ヒツジ・ニワトリを飼育していたが、石製・骨製・貝製などの鏃(やじり)があり狩猟・漁労もおこなっていた。土器は厚手で一部にロクロを使用する。灰陶(かいとう)が主で黒陶は少なく、文様は横藍文が多く、透かし孔(あな)のあるものもある。器形は盆形鼎(てい)・鬲(れき)・豆・坏(つき)・鉢・碗など。廟底溝遺跡では炭素14法による年代測定でほぼ前2900~前2600年という数値がでており、竜山文化ではもっとも古い。 後期は地域によって様相がことなるが、住居は半地下式や地上建築、竪穴(たてあな)式などで集落の規模は拡大する。集落の周囲に1辺70m以上の方形城壁がみつかったこともある。住居近くに窯や井戸をもち、墓地はややはなれている。人や豚を副葬した墓地もあり、貧富の差があったようだ。土器はロクロをつかった灰陶が主で、種類や量は多い。年代は炭素14法で前2800~前2500年ごろである。
山東竜山文化は、山東省を中心に北は河北省から遼東半島南部に、南は江蘇省中部に分布する。基本的には大汶口文化を継承して発展させた黒陶文化といえる。ロクロ成型により焼成温度もあがって硬質となった黒陶は、器壁がうすく独特の光沢をもつ。初期には灰陶もあったが、のちに黒陶が主体となった。単耳坏・烏頭足鼎・高柄足坏など特殊な器もある。文様には弦文・竹節文・透かし孔などがあり、一部に商(殷)周時代の青銅器にある雲雷文や饕餮(とうてつ)文などに似たものもある。習俗として抜歯・頭骨変形・卜占(ぼくせん)など、大汶口文化からひきついだものがみられる。年代は炭素14法でおよそ前2600~前1650年。後続する遼東半島新石器文化にも大きな影響をあたえた。 → 黄河文明
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