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  • 人類学 - Wikipedia

    人類学 ( じんるいがく )とは 人類 (霊長類ヒト科)に関して研究する 学問 である。 生物学 的特性について研究対象とする学問分野を 形質人類学 若しくは 自然人類学 と呼び、 言語 や社会的慣習など 文化 的側面について研究する学問分野を 文化人類学 ...

  • 古人類学 - Wikipedia

    古人類学 (こじんるいがく、Paleoanthropology)は 形質人類学 (自然人類学)から派生した学問領域で、特に 霊長目 内から ヒト (ホモ・サピエンス)への 進化 の系譜の過程の解明を中心に、その過程にあったと思われるヒト科の生態を研究する学問。広い意味 ...

  • 日本人類学会ホームページ:The Anthropological Society of ...

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人類学

人類学 じんるいがく Anthropology
百科事典項目
項目構成
2

結社

産業化されていない小規模社会でも、親族組織とは関係のない、結社とよばれる重要な社会集団が形成されることがある。結社とは、個人が自発的に参加する組織である。アメリカ大平原の先住民族の軍事結社はその一例である。メンバーはともにたたかい祝宴をもよおし、共同でおこなうバッファロー狩りのときには違反行為をとりしまる監視役もつとめた。アリゾナ州やニューメキシコ州にすむズニホピなどの先住民は、今でも複雑な儀式の準備にあたる宗教結社をもっている。西アフリカには秘密結社をもつ社会がいくつかあり、社会を統制する役割をになうだけではなく、娯楽の場も提供している。

新しい土地への移住者は、しばしば自分たちで独自の組織を結成する。アメリカ合衆国内にある「ノルウェーの息子たち」「イタリア系アメリカ人クラブ」などの組織も、典型的な結社で、アフリカやアジアの都市に移住してくる人々が組織する結社とほぼ同じ性格をもっている。

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政治・社会体系の進化

もっとも簡単な仕組みの社会といえば、イヌイットおよびエスキモー、カラハリ砂漠のサン、中央アフリカのピグミー、オーストラリアの先住民アボリジニなどの採集狩猟民社会があげられる。これらの社会では数家族がいっしょになってバンドという集団を構成し、たがいに親族関係にある30人から100人ぐらいの人々が、一定のテリトリー内を移動しながらくらしている。

採集狩猟民のバンド集団は、ごくかぎられた地域をのぞいて、今はほとんどみられない。しかし、かつてはあらゆる社会がこのような組織をもち、おそらく人類の歴史の99%は採集狩猟の歴史だったと考えられる。したがって、現代の採集狩猟民はきわめて貴重な存在である。親族どうしの関係や宗教的観念、あるいは健康維持の方法など、そこにみられるさまざまな文化的特性は、まさに現代人の文化のルーツといえる。

やがて人類は、食料資源にめぐまれた場所で定住生活をはじめた。そして植物の栽培と動物の家畜化という重要な転換が生じる。家畜は食料だけではなく、輸送手段にもなるし衣服の原材料としても有用だった。農耕や牧畜は、やがて複雑な社会や経済のシステムを生みだしていくことになる。

食料生産の開始と新石器時代への移行は、中東地域と東アジアで1万2000年前に、それぞれ独立しておこったと考えられる。定住村落に人口が集中するようになると、政治組織や社会組織が発達する。そして宗教儀式への参加や食料品の交換を目的にして、数多くの地域集団がたがいに関係をもつようになり、数千人におよぶ大きな社会も出現した。

小規模な社会には「中央政府」のようなものは存在しないが、多少とも人口が増加すると、政治権力が生まれてくる。食料生産が増大すれば、そのような権力者を経済的にささえることもできる。首長制は、やや小規模な社会にみられる政治権力のひとつのあり方である。首長制社会では、首長のもとに食料や貢ぎ物があつめられるが、首長がすべて消費するのではなく、共同体のメンバーに再分配される点に特徴がある。

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国家の出現

国家の起源については、これまでに多くの議論がなされてきた。たとえば、中東地域をモデルにした理論では、人口が増加して食料の増産が必要になり、そのため灌漑(かんがい)農業が発達したと考える。そして、その資源をまもるために軍事組織が必要になり、やがて最初の都市国家が生まれたと説明する。別の理論によれば、サハラ砂漠の塩交易におけるトンブクトゥのように、交易の要衝の地に最初の国家が出現したという。そのような場所では軍事組織が必要であり、また立地条件からいっても行政の中心として好都合だからである。

国家は、世界各地で、それぞれの歴史的な経緯や生態学的条件などのさまざまな要因によって成立したと考えるのがただしいようだ。ところが、ひとたび王国が成立すると、どこでも同じような発展をとげる点が重要である。王国は成立した当初とまったく同じ状態にとどまることはない。かならず、王国への敵対者とならないように周辺の人々を征服し、近隣地方に領域を広げて、経済的収奪をはかる。

「人類最初の文明の地」である中東、エジプト、北部インド、東南アジア、中国、メキシコ、ペルーの例をみると、王国にはかならず軍事要塞(ようさい)がある。また、神殿を建立したり、複雑な宗教儀礼をおこない、神官組織も発達する。国家が出現すると、必然的に少数の軍事・宗教エリートが生まれ、多くの農民や労働者を支配する図式ができあがる。社会が階層化するのである。

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宗教体系の進化

採集狩猟民のバンド社会における信仰体系は、かならずしも社会組織のように単純とはいえない。超自然的世界や自然の力に対する畏(おそ)れが基本にあり、これに精霊や神観念などが複雑にからみあっている。しかしカラハリ砂漠のクンの場合には、超自然の観念はあまりはっきりせず、物事の因果関係や死後についての観念もあいまいである。確かに、小規模な社会の中には宗教観念にとぼしい社会もある。ボリビア東部のシリオノ社会でも、人の死後についてはっきりした考えをもっていないという報告がなされている。

どちらかといえば平等な社会である採集狩猟民社会では、余剰食料がないため、専門の宗教職能者はいないが、シャーマンは存在している。小規模社会では、シャーマンが唯一の宗教的な役割の担い手になっている場合が多い。シャーマンとは、超自然的存在や自然の力と直接交信することによって、病気などのさまざまな問題を解決する力をさずかると信じられている人物である。ただし、シャーマンは小規模な社会だけではなく、現代アメリカのような規模の大きい社会でもみられる。

同じように小規模な社会であっても、農耕をおこなう村落共同体などでは、宗教体系もととのい、人々はいろいろな儀礼に参加するようになる。しかし儀礼の責任は、聖職者のような特別の人物がおうのではなく、全員が交代でひきうけている。一般に宗教的な儀式は、親族が中心になっておこなう場合が多い。

社会が階層化され、集権的な制度が確立すると、神官などの聖職者を中心とする宗教体系が発達し、社会全体にかかわる大規模な儀礼がおこなわれるようになる。また道徳的規範や政治的規範もできあがっていく。しかし、このように宗教体系が複雑化しても、病気の治療などにかかわる個人的なシャーマニズムは消滅することはないし、家族や親族がまとまっておこなう宗教儀式がきえてしまうこともない。

最初の都市国家では、宗教的なリーダーと政治経済面のリーダーはしばしば密接な関係をもっていた。これが宗教の保守的な側面を強めた。一方で、社会改革の動きの中で宗教はしばしば重要な役割をはたしてきた。社会が困難に直面し、社会不安が生じると、かならず新しい宗教体系があらわれてきた。これは簡単なシステムの社会であれ、複雑な文明社会であれ、同じようにおこる現象である。宗教は、一時的には現状維持の方向にはたらくこともあるが、社会の根本的な変化をもたらす力ももっている。

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文化の発展

19世紀に提唱された文化の単純な進化理論は、その後いろいろな批判をうけた。20世紀前半の代表的な人類学者であるボアズクローバーは、このような進化理論に強く反対した。文化や社会が発展する過程は世界各地でそれぞれことなっているから、普遍的な進化段階を想定したり、一般的な傾向について論じるのは誤りであるというのである。このような極端な主張は、今はあまりみられない。むしろ、考古学や民族学研究が明らかにしてきた新しい事実によって、旧来の進化理論を修正し、新しい理論展開をもとめるようになっている。

文化の進化については2つの考え方がある。19世紀の進化主義者は、すべての人類は基本的に共通の心理傾向をもつという前提にたっていた。したがって、あらゆる文化は同じような過程をたどって発展すると考えた。この考え方からいえば、国家が出現すると、どこでも支配階層が形成され、社会が階層化するという問題も、人間に共通した心理的な特性として説明されることになる。

もうひとつの考え方は、人間の生活にかかわる物質的な基盤を重視する立場である。たとえばエネルギー源や技術の水準、生産のシステムなどである。今はこちらの考え方を支持する人類学者が多い。そして物質的な基盤とともに、環境がおよぼす影響も大きな要因として考慮されるようになった。確かに複合的な文化システムは、地形や気候条件にめぐまれた場所で発展しているからである。

物質的基盤が文化の進化や社会発展を決定づける重要な要因であるという点には反論の余地はない。しかし、観念の領域に属する事柄の影響力や、それをうけとる心理的側面も、けっして無視することはできない。その具体的な例としてはイスラム文化の拡張があげられるし、共産主義と反共主義のイデオロギー対立が社会や文化にもたらした影響も大きかった。

1970年代になると、人類学には新しい理論的アプローチがみられるようになった。それは生態学理論とよばれ、さまざまな事象を個別にではなく、全体としてとらえようとするものである。つまり物質的側面と心理的側面とをすべてふくみ、その間に位置するさまざまな事柄をとりあげて考察しようというのである。そのためには、さまざまな要因をみちびきだし、相互の関連をとらえる多変数分析が必要になる。

一般的にいえば、文化の進化を100年あるいは1000年単位の長い時間の枠組みで考える場合には、どうしても物質的基盤を重視しなければならない。しかし、比較的短い時間の中でみるならば、生態学的な枠組みの中で象徴や観念がはたす役割を考えるのも有効な方法である。これは、たとえば少数民族のアイデンティティの形成や宗教的活性化運動の研究の場合にあてはまる。

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