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項目構成
11世紀にはいると、イスラム勢力の侵入が本格化し、13世紀にはインド初のイスラム王朝が成立する。イスラム建築が移植され、ドームやアーチ、幾何学文様、モザイク、ミナレット(光塔)などが導入された。 インド・イスラム建築は、デリー諸王朝様式、地方様式、ムガル様式の3つにわけられる。初期のデリー諸王朝様式はヒンドゥー教建築に似ており、グジャラート州アーマダーバードには石造の、西ベンガル州ガウール・パーンドゥアには煉瓦造りの代表作例がある。カルナータカ州のビジャープルにある17世紀のゴール・グンバズ墓廟(ぼびょう)は直径43mの巨大なドームとミナレットをそなえる。また、デリー近郊のクトゥブ・ミナール(12世紀)とよばれる5層の高塔もよく知られている。 地方様式は、デリー諸王朝様式に対する地方の抵抗としてあらわれた。インド西部のグジャラート州では、1572年にアクバル帝に征服されるまでの200年間、さまざまな様式の建造物がつくられてきた。たとえば州都アーマダーバードにあるジャミィ・マスジド寺院(1423)は、イスラム寺院でありながら、細長い列柱廊や壁面の細かい装飾はヒンドゥー建築そのものという独特の姿をみせている。 インド・イスラム建築は、16~18世紀のムガル王朝の時代に発展し、大理石などの建材をもちいて洗練された美しさをしめすようになる。最高傑作は、シャー・ジャハーンが愛妃の墓としてたてたアーグラのタージ・マハル(1632~48)で、アラベスク文様をほどこした白大理石で外壁をよそおう。霊廟は四隅にミナレットをもつ正方形プランにたてられ、池の水面に華麗な姿をうつす。このほかムガル様式の建築の代表作には、ウッタルプラデシュ州アーグラにあるパール・モスクや、アーグラやデリーの王宮、デリーやラホールのモスクなどがある。
18世紀以降は、インド固有の様式以外にも、宗主国のイギリスを通じてヨーロッパの様式が導入されるようになった。公共施設、工場、ホテル、邸宅が西洋風の様式でつくられている。インドでもっとも著名な現代建築は、ハリヤーナ州とパンジャブ州の共通州都チャンディーガルにある。この町は1960年代初めにフランスの建築家ル・コルビュジエがインドの建築家と共同して都市計画をおこなった。パステルカラーにぬられた巨大なコンクリートのドームをもつ高等裁判所、コンクリートの立方体をくみあわせたようなデザインの知事官邸、行政官庁、議事堂が設計された。現代インドの建築は、ラージャスターン州アルワルの駅舎などのように、西洋の様式を地方の伝統や必要性に適応させている。
インドの先史時代の彫刻は石、陶土、象牙(ぞうげ)、青銅、金でつくられている。
インダス川流域に前3千年紀にさかえたモヘンジョ・ダロの遺跡から、アラバスターや大理石の人形、テラコッタの女神像、陶器の動物や、動物や象形文字をきざんだ象牙や陶器の印章が発見されている。これらは素材や形式がメソポタミア文明のものとよく似ており、両者の間には交流があったとみられている(→ メソポタミア美術)。 前2千年紀~前3世紀のベーダ時代になると、中東文化との関係は明確ではなくなる。この時代の作例としてはラウリヤー・ナンダンガリで発見された前9世紀ごろの女神像がある。前600年ごろから、動物や宗教的なシンボルをあらわした貨幣が製造されるようになる。
前3世紀ごろ、仏教が盛んになると、石造の建築の表面をかざるための浮彫や丸彫の彫像がつくられるようになった。初期の仏教美術では、仏陀の姿は人間像ではなく、象徴物でしめされている。ほかに民間信仰の守護神像や仏教的な説話図が表現されている。この時代のアショーカ王石柱や、バールフットのストゥーパの周囲をめぐる装飾された垣根などの表面は本生図(ほんじょうず)や仏伝図の浮彫彫刻で複雑にうめつくされている。サーンチー第1塔の浮彫は、象牙彫刻の技法にも共通する精巧さがうかがえる。 インド亜大陸北西部のガンダーラ地方(現在のアフガニスタン東部とパキスタン北部)では、1世紀半ばごろからヘレニズム様式の影響をうけた仏教彫刻が制作された。2~3世紀に最盛期をむかえたガンダーラ彫刻は、中央アジアや中国、朝鮮、日本に大きな影響をあたえたが、インド亜大陸の他地域にあたえた影響は小さかった。→ ガンダーラ美術 インド北部のマトゥラー(現在のウッタルプラデシュ州)でも、前1世紀から仏教彫刻がつくられた。初期の作品はバールフットの彫刻と様式的に似かよっているが、1~2世紀になるとマトゥラーでは仏陀を象徴物ではなく、人間の姿で表現するようになった。 グプタ朝時代(320~550頃)の仏陀像は上品で洗練された肉体表現となっている。まとった衣はうすく、身体に密着している。ビハール州スルターンガンジで出土した青銅の仏陀像は高さ約2m、重さ約1tもある巨大なものだった。
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