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項目構成
ヒンドゥー教彫刻はグプタ朝時代に発展した。マッディヤプラデシュ州ウダヤギリの石窟(400~600)は浮彫でかざられている。7~9世紀には地域的にさまざまな様式がさかえた。南インドのパラッバ朝の様式は、タミルナードゥ州カーンチプラムの石積み寺院の装飾にみられる。ラーシュトラクータ朝の様式は、ムンバイ湾内の小島にあるエレファンタ石窟寺院の浮彫や三面シバ神(トリムールティ)が代表的である。カシミール様式では、ヘレニズムの影響をのこしたヒンドゥー教の神像が、ビジュラブルールやバンティプールの寺院にある。 9~13世紀初頭、インド彫刻は量感よりもするどい輪郭線で人体の形態を表現しようとした。彫刻は以前よりも建築物の装飾や付属物となり、多面多臂(たひ)で複雑な図像をもつヒンドゥー教やジャイナ教の神像をあらわすため細部表現は精巧なものとなっていった。 ヒンドゥー教彫刻は(1)北部と東部、(2)ラージプート(現在のグジャラート州、マッディヤプラデシュ州、ラージャスターン州)、(3)中南部と西部の3つの様式にわけられる。北部と東部では、750~1200年にパーラ朝のもとでビハールやベンガルを中心としてさかえた。主要作例はビハール州のナーランダー寺院の彫像である。黒玄武岩を石材にもちい、初めは仏教彫刻だったが、やがてヒンドゥー教彫刻が主流となった。東北部のオリッサ州では、典型的なヒンドゥー教彫刻がつくられ、コナーラクのスーリヤ寺院は動物像や女性像、ミトゥナ(性的結合を意味する男女像)でよく知られている。ラージプートの地方様式は、ヒンドゥー教彫刻でおおわれたカジュラーホの石積み寺院で代表される。中南部と西部では、マイスールなどの寺院の表面をおおう浮彫が有名である。 イスラム教徒に支配されてからも、インド固有の建築様式は保持され、ことに南インドでは伝統を純粋にまもりつづけている。
後100年以前のインド絵画の遺跡は2カ所ある。マハーラーシュトラ州のアジャンタ石窟の仏教壁画は、50~642年にかけてえがかれた。初期の壁画はインド固有の様式で、優雅で官能性豊かな描写で知られている。オリッサ州ジョーギマーラー石窟には前1世紀ごろと中世の2つの時代の壁画がのこるが、後世の補筆によって初期の生き生きとした描線がそこなわれている。 インド美術の大らかで力強い様式は、4~6世紀初頭のグプタ朝時代に確立された。美術は宗教的な概念を表現する手段であり、アジャンタ石窟にのこるグプタ朝時代の壁画には、数多くの仏陀像や仏教説話図、眠る女性像などが、しっかりとした輪郭でえがかれている。荘厳なものからグロテスクなものまである。 アジャンタの第1窟と第2窟は7世紀初期につくられたが、グプタ朝時代と様式的な違いはない。えがかれている内容は、クシャーナ朝時代以来、仏教美術によくみられる王宮での饗宴(きょうえん)の場面である。ほかにタミルナードゥ州シッタンナバーシャルのジャイン・パラバ(7世紀)や、エローラ石窟(8世紀後期)の壁画がある。 パーラ朝(750~1200)の絵画で唯一現存する作品は、イギリスのケンブリッジ大学図書館所蔵の貝葉経(ばいようきょう)の彩飾写本である。11世紀中ごろの制作とみられ、多面多臂の密教の諸尊像が細密画でえがかれている。 ジャイナ教の教典「カルパ・スートラ」も貝葉経の彩飾写本として知られ、1237年につくられたとされる。挿絵からグジャラート地方の衣服や慣習を知ることができる。西インドのグジャラート派の細密画は、エローラ石窟の壁画などの西インドの様式が発展して形成された。 西北インドのラージャスターン地方やパンジャブ地方では、16世紀から19世紀にかけてラージプート絵画がさかえた。これは同時代のペルシャ絵画やムガル絵画とよく似ており、平面的で色彩感覚にあふれた細密画である。ラージプート絵画は宗教性と庶民性をあわせもち、伝統的なヒンドゥー教の叙事詩、とりわけクリシュナ神の武勇譚(たん)を題材としたものが多い。 ムガル絵画は、ペルシャの細密画の伝統をうけつぐ宮廷美術で、現実的な主題の肖像画や歴史画がえがかれた。生き生きとした現実感が特徴で、西洋画の手法をとりいれたものもある。画家の署名があるので、少なくとも100名の画家の名が知られている。 19世紀末になると、インドの伝統的な絵画は衰退しはじめ、西洋の様式を模倣しただけの作品がつくられるようになった。ヨーロッパの影響はイギリスのインド統治がはじまるとともに浸透した。20世紀になると、前世紀中期ごろからつづけられた考古学的研究に刺激されて、古代の様式への関心が復活する。ムンバイには美術協会が設立され、ベンガルのコルカタ美術学校とビシュババラティ大学には多くの芸術家があつまった。ビシュババラティ大学は、インドの詩人・画家のタゴールが、インドと西洋の伝統を調和させることを目的に1921年に設立した。アジャンタ石窟壁画、ラージプート絵画、ムガル絵画から印象主義、後期印象主義、シュルレアリスムまで、さまざまな研究がなされた。インドの現代画家は、アジャンタ石窟の壁画やベンガルの民衆絵画から着想をえながら、国際的にも活動している。
インドの装飾美術で宝飾工芸はもっともうつくしく、国際的な関心も高い。ヨーロッパではローマ帝国の滅亡とともに失われた細線細工などの金銀細工の技法が、現在もうけつがれている。 インド陶器の特徴は、色彩と装飾が器の形態をそこなわない程度に控えめで自然なことである。釉薬をもちいない素焼き土器から、商業上の目的のために彩色や象嵌をした地方色豊かなものまでさまざまである。色鮮やかな釉薬をかけた色タイルは、11世紀以降にイスラム教徒とともにはいった。美術的な金工作品では、王侯貴族の甲冑(かっちゅう)や武器などがよく知られている。 インドは古くから絹織物、綿織物や更紗染め、刺繍で有名だった。カシミール地方は色彩豊かな毛織物のショールで、グジャラート州スーラトは絹の染織で、アーマダーバード、バラナシや西ベンガルのムルシダバードは、豪華な綴織(つづれおり)でよく知られている。
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