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  • エジプト美術 - Wikipedia

    エジプト美術 ( エジプトびじゅつ ) ギリシア の 哲学者 プラトン が、「エジプト美術は10000年を経ても変わっていない」といっているように、 エジプト文明 は保守的、伝統的とされていた。エジプト美術は 宗教 、特に死後の世界との接点が多く見られる ...

  • エジプト美術

    ■体裁=b5判変型・並製・カバー・448頁 ■定価 5,040円(本体 4,800円 + 税5%) ■2004年4月27日 ■isbn4-00-008977-3 c0371

  • 古代エジプト美術部門 | ルーヴル美術館

    古代エジプト美術部門は、先史時代末期(紀元前4000年頃)から紀元後4世紀に始まるキリスト教時代までの、ナイル川のほとりで受け継がれてきた文明の遺物を紹介しています。

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エジプト美術

エジプト美術 エジプトびじゅつ
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

先史時代からローマ帝国の属領となる前30年までにつくられた古代エジプトの建築、絵画、彫刻、工芸の総称。エジプトは前3000年ごろから4世紀までの間、古代の地中海世界にあって、ほぼ切れ目なく展開された長大な歴史をもっている。ナイル河のもたらす肥沃な自然にはぐくまれた美術様式は、外国文化の影響もあまりうけることなく、長期にわたってほとんど変化しなかった。いっさいの美術はおもに、地上の神とみなされていたファラオと、国家、宗教にささげられていた。死後の生へのあつい信仰はすでに初期からみられ、死者は永遠の安楽な暮らしを保障する物具とともにうめられた。自然の規則ただしい変化、すなわちナイル河の年1回の氾濫(はんらん)、四季の移り変わり、昼夜をもたらす太陽の動きなどは、神々からのエジプトの民への贈り物と考えられていた。

エジプトの思想、道徳、文化は秩序と均整への深い崇敬に根ざしている。変化や新しさは重要とみなされなかったため、エジプト美術は伝統を重視し、その姿をほとんどかえなかった。エジプト史の初期につくりだされた美術表現の方法と形態は、3000年以上ももちいられつづけた。そのために、現代のわれわれの目にはエジプト美術は硬直し固定したものとうつりがちである。しかし、エジプト美術の根本的意図は目にみえるとおりのイメージをつくることではなく、人や物の永遠の本質をあらわすことであった。

II

先王朝時代

ナイル河畔の先史民族は河床が深くなったためにのこされた台地や高原にすんでいた。道具類の遺物によって狩猟生活から定住農民生活へとゆるやかに発展したことがわかる。前4000年ごろにエジプト文明は最初の形成期をむかえたが、この先王朝時代は前3100年ごろまでつづいた。

III

古王国時代

前3100年ごろ、南部の強力な族長のもとに全土が統一された。しかし、国家が南の上エジプトと北の下エジプトの2つのはっきりことなる地域からなるという考え方はきえずにのこった。この考え方が生じた重要な出来事が「ナルメル王のパレット」(前3100頃)にあらわされている。この石の浮彫には上エジプトの王冠をつけた王が下エジプトの人々を服従させる場面がみられる。

1

建築

初期王朝の王は、アビドスとサッカラに宮殿や神殿に似せた墓をもっていた。これらの墓から大量の陶器、石造物、高い発展段階を証明する象牙(ぞうげ)あるいは骨の丸彫が発見されている。ヒエログリフで書かれたエジプトの言語はこの時代に発展の第1段階をむかえている。

第3王朝では建築家イムヘテプがジェセル王(前2737~前2717年頃在位)のために、首都メンフィス近郊サッカラに石造の階段状ピラミッドや神殿群を建造した。王の遺品の防護を意図してつくられた階段状ピラミッドは、現存する最古の記念建造物であり、本格的なピラミッドへと発展していく最初の段階でもある。ピラミッド

第4王朝の王たちが埋葬されたギーザのピラミッドは、世界の七不思議のひとつとされており、記念建造物をたてるエジプトの建築家の能力をしめしている。ギーザ最大のクフ王のピラミッドは、約147メートルの高さで、平均2.5トンの巨石が約230万個もちいられている。ピラミッドの目的をめぐって多くの論議がつくされたが、答えは簡単明瞭である。それらは王の遺体を永久に保存し、まもるためにたてられた。それぞれのピラミッドには、ナイルの谷にのぞむ「流域神殿」と、王の遺霊を供養する儀式がとりおこなわれる葬祭神殿がある。ギーザの3つの主要なピラミッドの周りにはマスタバなどの墓地群がある。マスタバはエジプトの家屋にみられる「泥レンガのベンチ」を意味するアラビア語で、それと似ているためにそうよばれたものだが、王族、高官、廷臣、役人にしかつかわれない。これらの墓地は、ミイラや供物をおさめる部屋に通じる坑道の上につくられるのがふつうだが、なかには石積みでなく、石灰岩の台地をほりくずしてつくられたものもある。

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