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項目構成
歴史上、パキスタンはくりかえし他民族の侵入をうけた地域だったため、住民の民族的背景は、ドラビダ系やインド・アーリア系から、ギリシャ、スキタイ、フン、アラブ、モンゴル、ペルシャ、アフガン系まで、きわめて多様である。主要な民族としては、パンジャブ人、シンド人、パシュトゥーン人、バルーチ人があげられる。 人口は1億6776万2040人(2008年推計)、人口密度は215人/km²(2008年推計)である。人口増加率は年平均1.8%(2008年推計)に達する。都市人口比率は34.8%(2005年推計)。
行政上、バルーチスターン州、北西辺境州、パンジャブ州、シンド州の4つの州にわかれる。このほか、イスラマバード連邦首都地域と連邦直轄地域がさだめられている。 最大都市はシンド州の州都カラチで、人口は933万9023人(2006年推計)。その他の主要都市に、首都イスラマバード、歴史のある町ラホール、綿業の中心地ファイサラーバード、工業都市ラワルピンディ、製造業の中心地ハイデラーバード、新興工業地帯ムルターン、アフガニスタンとの交易の中心地ペシャーワルがある。
主要宗教はイスラム教で、人口の約97%がイスラム教徒である。そのうち5分の4はスンナ派、残りはシーア派に属している。少数派の中では、ヒンドゥー教とキリスト教の信徒が多いが、ほかにシク教の信徒、ゾロアスター教の信徒パールシー、それにわずかながら仏教を信仰するものもいる。憲法ではイスラム教国と規定してあるが、個人の信教の自由は保障されている。 公用語はウルドゥー語(→ インドの言語)だが、これを母語とするのは総人口の10%以下にすぎない。パンジャービー語は主としてパンジャブ州を中心に、総人口の半数以上がつかっている。北西辺境州、シンド州、バルーチスターン州ではそれぞれパシュト語、シンディー語、バルーチ語が話されている。官僚、軍人、高学歴者は英語をつかう場合が多い。
義務教育はない。初等教育は5歳からの5年間。中等教育は10歳からの5年間で、3年制と2年制の2段階で構成されている。初等教育をうけているのは学齢期児童の68%(2002-2003年)である。中等教育機関への該当年齢者入学率は23%(2002-2003年)、高等教育機関へは3%(2002-2003年)である。歴史のある主要大学はカラチ大学(カラチ。1951年創立)、パンジャブ大学(ラホール。1882年)、ペシャーワル大学(ペシャーワル。1950年)、シンド大学(ダードゥ。1947年)、農業大学(ファイサラーバード。1909年)などである。成人の識字率は47%(2005年推計)。 カラチにはリアカト記念図書館(1950年設立)、中央行政図書館(1950年)、カラチ大学図書館(1952年)など重要な図書館があり、パキスタン国立博物館(1950年)ではインダス文明に関する展示をおこなっている。古都ラホールにはパンジャブ公共図書館(1884年)、苦行釈迦(くぎょうしゃか)などのガンダーラ(→ ガンダーラ美術)彫刻やインダス文明の出土品で名高いラホール博物館(1864年)、パキスタンの物産を展示する工業・商業博物館などがある。ペシャーワル博物館(1906年)のガンダーラ彫刻のコレクションも一見に値する。国立公文書館(1951年)はイスラマバードにある。
パキスタンのGDP(国内総生産:→ GNPとGDP)の成長率は、2006年では6.9%である。しかし、国民の大部分はまずしく、雇用は農業部門に大きくかたよっている。こうした状況はおもに高い人口増加率の結果だが、同時に、1971年にはじまる東パキスタン(現、バングラデシュ)の分離独立にともなう内戦や77年のクーデタといった政情不安も、経済成長と近代化をおくらせた要因となっている。なお、GDPは1268億米ドル(2006年)、1人当たりでは797.70米ドル。 1972年以降、政府は経済への介入を強め、主要産業を国有化した。しかしクーデタによる政権の交代にともない、78~83年の開発計画では民間資本が工業部門でより大きな役割をはたすよう政策が転換され、83~88年の開発計画では水力発電と農村開発への投資が重視された。88年から実施された開発計画では、貿易と国内取引の自由化、幅広い民営化政策がとられ、その結果、90年代初めにはGDP成長率の上昇、輸出の拡大、国内・外国投資の増加をもたらした。93年、政府は売上高税の導入、燃料税の引き上げなど歳入増加措置をとり、そのほかの措置の効果もあって財政赤字の削減、外国援助・借款への依存度の引き下げにも成功した。
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