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2004年6月、ムシャラフ大統領とジャマリ首相の対立が深まり、ジャマリは辞任。パキスタン・ムスリム連盟カイデアズム派総裁のフセインが暫定首相をつとめたのち、8月の首相指名選挙により、財務・経済相だったアジズが首相に選出された。アジズはアメリカの銀行幹部としての経歴がある親米派で、対米関係、経済重視の政策が予想された。 アジズ首相のもとでおこなわれた経済構造改革や、対テロ戦争における対米協力の見返り援助により、景気は回復し、2005年には年7.8%の成長率を記録した。一方で、経済成長にとりのこされた貧困層や、政府の世俗主義や対米協力姿勢に批判的なイスラム宗教勢力の不満が高まり、治安状況は悪化。07年7月には、イスラマバード中心部で神学生らが治安部隊と衝突してモスクにたてこもる事件が発生し、多くの死傷者を出した。この事件の背景には、アフガニスタン国境付近で勢力をもりかえしつつあるタリバーンの協力もあるとされ、以後、各地で報復テロがあいついだ。 2007年10月に大統領選挙が実施され、ムシャラフが過半数の票を獲得した。しかし、ムシャラフの大統領立候補資格の是非を問題にした裁判が進行中であるとして、最高裁判所が投票結果の確定に待ったをかけた。パキスタンの憲法では、陸軍参謀長と大統領の兼任はみとめられておらず、ムシャラフの両職兼任は野党などから批判され、うったえられてきた。04年11月に成立した大統領兼職法によって、07年の大統領選挙までは兼任がみとめられるかたちとなっていたが、ムシャラフの次期大統領への立候補資格については疑問視されていた。最高裁判所長官のイフティカル・ムハンマド・チョードリーは、かねてからムシャラフには対立的であり、彼に不利な判断をくだすことが予想された。そこでムシャラフは、自身に批判的だったチョードリーを解任し、パキスタン全土に非常事態宣言を発令。憲法の効力を停止するとともに、野党や司法関係者の拘束にのりだした。 選挙後の混乱がつづく中、海外に亡命中だったベナジール・ブットー元首相が帰国。カラチでは彼女をねらった爆弾テロが発生し、130人以上が犠牲となったが、彼女は難をのがれた。ブットーは最初、きたるべき国民議会選挙にむけて、ムシャラフとの協力関係を模索した。しかし、ムシャラフが非常事態宣言の発令や反対派の拘束、さらにはブットーを2度にわたって軟禁状態におくなど、強硬姿勢を鮮明にしたことでまとまらず、彼女がひきいる野党パキスタン人民党議会派は、他の野党とともに反ムシャラフの共闘体制をかためた。 しかし、11月に最高裁判所がムシャラフの再選を合憲とする判定をくだしたことから、彼は陸軍参謀長の職を辞し、文民として大統領に正式就任した。ムシャラフは、非常事態宣言の解除と、停止されていた憲法の復活を発表し、2008年1月に予定されている国民議会選挙にむけた混乱収拾をはかった。 各党が国民議会選挙にむけて活動していた2007年12月、ブットー元首相の政治集会でテロ事件が発生し、ブットーが暗殺された。パキスタン各地では破壊行為が発生するなど国内が大きく混乱し、翌08年1月、選挙の日程が2月18日に延期された。ブットーをうしなったパキスタン人民党議会派は、ブットーの長男ビラワル・ブットーを総裁に選出し、夫のザルダリが共同総裁となった。 爆弾テロや自爆テロが多発する中で、2月18日に国民議会選挙が実施され、第1党にブットー元首相がひきいたパキスタン人民党議会派、第2党にシャリフ元首相ひきいるパキスタン・ムスリム連盟シャリフ派と野党勢力が議席をのばし、ムシャラフ大統領の与党パキスタン・ムスリム連盟カイデアズム派は大幅に議席をへらして第3党に転落した。
パキスタン人民党議会派とパキスタン・ムスリム連盟シャリフ派は連立政権樹立で合意し、パキスタン人民党議会派のユースフ・ラザ・ギラニが首相に選出された。ギラニは2007年11月にムシャラフ大統領が拘束した司法関係者を釈放。08年4月には連立政権を発足させたが、大統領を支持するパキスタン・ムスリム連盟カイデアズム派の政権参加や、シャリフが強くもとめたチョードリー元最高裁判所長官の復職をめぐる立場の違いから、翌5月にはパキスタン・ムスリム連盟シャリフ派が政権から離脱してしまった。 しかし、2008年8月、ギラニ政権はパキスタン・ムスリム連盟シャリフ派をまきこみ、ムシャラフ大統領の弾劾にのりだした。ムシャラフはこの動きをうけ、自身の訴追免除と国内滞在許可を条件に、大統領職を辞することで政府と合意した。 ムシャラフの辞任後、ムシャラフが強化した大統領権限を削減するかどうかでパキスタン人民党議会派とパキスタン・ムスリム連盟シャリフ派は対立し、パキスタン・ムスリム連盟シャリフ派はふたたび連立政権から離脱した。2008年9月におこなわれた大統領選挙ではパキスタン人民党議会派のザルダリ共同総裁が選出された。
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