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社会保障は、国民の生活を生涯にわたって安定させることを目的とした政策であり、(1)老齢、死亡、障害、失業などによる収入の減少を補償する、(2)病気やけがにともなう特別の出費に対応し、病気の予防や治療を確保する、(3)老齢、障害などによってハンディをおった人々が円滑に社会生活をいとなむために各種サービスを提供する、などを内容としている。 社会保障政策は、所得再分配政策とよばれることもある。この制度が、労働、資本、土地という生産要素が市場からえる1次的分配所得を、政府が公権力をもちいて再分配しなおす政策だからである。1次的分配所得は、生産に対してどれだけ貢献したかにもとづいて分配されるのであるが、社会保障による再分配は、貢献原則にもとづいて分配された所得を、必要原則にもとづいて分配しなおす機能をはたしている(図「所得再分配の仕組み」参照)。
社会保障制度は、社会保険、公的扶助、社会福祉、公衆衛生および医療からなり、具体的には、
このように、社会保障は、国民の生活に生涯にわたって強くかかわる制度である。とくに、社会保障から連想される弱者救済のイメージと直結する生活保護は、社会保障のわずかの部分しか占めないことを理解することは重要である(図「社会保障費の内訳と一般会計に占める割合の推移」参照)。
かつて人々が、貧困や失業などの状態におちいる原因は、怠惰(たいだ)や不道徳という個人の責任にあると考えられていた。しかしながら、資本主義の発展の過程で、大量の貧困者や失業者が生じるようになると、それは個人の責任に帰すべき問題ではなく、社会の責任において解決されるべきであると考えられるようになった。こうして、国家がすべての国民に最低生活を保障しようとする社会保障制度が誕生することになった。
社会保障という言葉が最初に公式にもちいられたのは、世界大恐慌下(→ 恐慌)においてであった。1935年アメリカで、ゲーム用のカードの配り直しを意味するニューディール政策の一環として、「社会保障法(Social Security Act)」が制定された。そして、38年のニュージーランド社会保障法が後につづいた。しかしアメリカ、ニュージーランドで採用された政策は、ドイツ、イギリスその他の国々で、すでに実現していた生活保障政策をそれほど大きくこえるものではなく、対象を一部の労働者と貧困者にしぼったものだった。 国民全体を対象とした社会保障を成立させたのは、第2次世界大戦後のイギリスである。大戦中の1942年には、チャーチル連立内閣のもとで「ゆりかごから墓場まで」をスローガンとするベバリッジ報告が出され、そこに社会保障と福祉国家の青写真がえがかれた。その青写真は、包括的、強制的、均一拠出、均一給付の社会保険と公的扶助などで構成される社会保障を、国民全体を対象に実現するものであった。 ベバリッジ報告をうけて、大戦後に、国民各層を対象とした社会保障制度が、1945年の家族手当法を先駆けにして48年までに成立した一連の諸法で確立した(表「社会保障制度の発達」参照)。その後、各国においても国民各層を対象とする総合的な社会保障制度が確立されていった。
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