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強大な威力をもつ大口径砲(→ 大砲)と重防御力をそなえ、洋上で砲撃により敵の主力艦を撃破する目的でつくられた軍艦。 比較的幅の広い船体をもち、航洋性は高いが、速力は一般に駆逐艦や巡洋艦にくらべると低い。舷側、甲板、機関部、火薬庫などの主要部は200~400mmくらいの厚い装甲でおおわれ、艦内は魚雷命中時の浸水をふせぐために多数の防水区画に細分されている。口径28~46cmほどの主砲を8~12門程度そなえ、駆逐艦撃退用の副砲、対空砲、機関砲などを搭載する。大型空母の出現以前は最大の軍艦で、海軍戦力の中心であった。
第1次世界大戦までの主力艦としての戦艦は、数隻で戦艦戦隊を編成し、戦列を組んで敵に対峙した。海戦がはじまると両軍の戦列はみずからに有利となるよう機動し、砲撃により相手を撃破した。こうした機動の例としては、日露戦争の日本海海戦で東郷平八郎司令長官ひきいる連合艦隊のとったT字戦法が有名である。このとき、巡洋艦、駆逐艦もそれぞれ隊列をくんで敵主力艦への襲撃などの支援任務にあたった。 しかし、航空機(→ 飛行機)の発達の結果、第2次世界大戦では戦艦は主力艦としての地位をうしない、空母機動部隊の対空護衛や上陸作戦の支援砲撃がおもな任務となった。
戦艦の先祖は木製帆船時代の戦列艦である。戦列艦は舷側に多数の砲をそなえ、戦列をくんで敵と対峙し一斉砲撃をくわえた。やがて火砲の威力が増大するとそれにあわせて船体も木から鉄になり、鋼鉄をはった装甲艦が出現した。1859年フランスでグロワールが竣工したが、これはまだ木製の船体に装甲板をはったものだった。世界初の装甲艦は60年に竣工したイギリスのウォーリアで、これが戦艦へと発展する。
ウォーリアは戦列艦同様舷側に多数の砲を装備していたが、やがて砲が大口径化するとともに装備数をへらして中央の装甲区画に装備する中央砲郭艦から、旋回砲塔をもつ砲塔艦へと発展した。砲塔の配置も中央部から前後部へと変化し、さらに砲がむきだしの露砲塔艦をへて装甲旋回砲塔をもつ戦艦が完成された。 この間、砲は弾道を安定させるライフルが砲身内部にきざまれるようになり、前装砲(砲口から砲弾を装填(そうてん)する)から後装砲へとかわって威力が増大した。装甲技術も進歩し、特殊鋼の採用でこれまでより軽量で十分な装甲防御力を発揮することが可能となった。 こうして完成したのが、1895年にイギリスで竣工したマジェスティックで、前後に30cm砲をそなえ、以後これが戦艦の標準型となった。
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