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項目構成
プロローグ; 古代のダム; 近代のダム; 設計上の考慮; ダムの高さ; ダムの設備; ダムの種類; コンクリートダムの形式; エンバンクメントダムの形式; ダムの目的; ダムの建設; 日本のダム史; ダムによる被害; ダム建設のエピソード; 民主党政権ですすむダム建設見直し
多目的ダムは、河水を利水・治水の両面から、さまざまに利用するダム。とくに利水は、その利用目的に対して、合理的に処置されなければならない。そのために河川総合開発計画となり、貯水池も多目的につくられ、水は一定計画のもとに調整してつかわれる。近年の巨大ダムはこの種のものが多い。宮ヶ瀬ダム(神奈川県相模原市。2000年竣工)、鳴子ダム(宮城県大崎市。1958年)などがその例である。
小規模水力発電や下水処理場などで使用されているのが、ミニダムまたはラバーダムとよばれるダムである。ゴム製の風船状のものを水の流出口に装着し、その内部に水や空気を注入して流出口がふさがるようにふくらませて、水をせきとめる簡易ダムである。下水処理場では、常時流入する汚水をせきとめ、河川へながさないようにしている。
ダム建設でもっとも重要なことは、排水して、基礎づくりの準備をすることである。排水は、ダムの建設中、工事現場から水を排除するために設計された、ひとつまたは複数の囲い堰によっておこなわれる。川をわきへそらす作業は、ダム建設現場の上流と下流の川を囲い堰でせきとめることによっておこなわれる。 迂回(うかい)トンネルは、川を建設現場から迂回させるために建設する。そのようなトンネルは、ダムの完成後、別の有益な目的に利用されることがよくある。たとえば、フーバー・ダムの建設中に、迂回のために建設された、直径15mの4本のトンネルは、のちに排水路に転換された。 地形的な条件で、トンネルを建設できない場合には、ダムは2つの段階にわけて建設される。その場合、最初の囲い堰は、川幅の半分をせきとめ、その部分の基礎を建設する。その工程が完了すると、反対側に2番目の囲い堰を建設する。巨大なダムの建設の場合は、期間が7年間にもおよぶことがある。また、迂回路をつかうダムの建設中に、大規模な洪水がおきる可能性があるが、これは大きな被害をもたらす危険性がある。
日本で初期のダムは、稲作にかかせない灌漑用の溜池(アースダムの一種)であった。記録上でもっとも古いものは、大阪狭山市の狭山池(さやまのいけ)で、6世紀ごろつくられた。現在、日本には灌漑用の溜池や沼が、全国に30万カ所あるといわれる。その中で、開発の起源が6~7世紀ころの大和時代や奈良時代にまでさかのぼるものが、十数カ所もある。
平安初期には、弘法大師(空海)がつくったといわれる、讃岐国の満濃池が有名である。中世になると、灌漑用の溜池をはじめ、農業用地の開拓、改良を目的とした河川の改修や堤の構築など、さまざまな治水工事が盛んになった。近世になると、盛り土のほか、耐久性のある板や石積みの堰が生まれるなど、土木工事は材料や工法がいちだんと進歩した。なかでも、西嶋八兵衛(現在の静岡県浜松市出身)は堰づくりの名人として知られ、讃岐地方に90余りの池を築造したほか、伊勢、伊賀、大和、山城などでも治水、利水工事の指揮をとった。そのほか、兵庫県神戸市の千苅(せんがり)ダム(1919年竣工)や香川県観音寺市の豊稔池(ほうねんいけ。1930年竣工)を設計した佐野藤次郎、岐阜県恵那市の大井ダム(1924年竣工:→ 恵那峡)や岐阜県中津川市の賤母(しずも)ダムの石川栄次郎などが知られている。
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