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前3000年ごろ~前1200年ごろにエーゲ海域でさかえた青銅器文明(→ 青銅器時代)。クレタ島、キクラデス諸島、ギリシャ本土、小アジアのトロイアなどを中心にひろがった。エーゲ文明には2つの主要な文明があった。1つはミノス文明で、クレタ島で開花し、中期青銅器時代にクレタ島のクノッソスとファイストスでもっとも繁栄した。もう1つはミュケナイ文明(ミケーネ文明)で、後期青銅器時代にギリシャ本土のミュケナイ、ティリュンス、ピュロスなどで繁栄した。 19世紀後半にトロイアやミュケナイ、クノッソスなどの発掘調査がはじまるまで、エーゲ文明は伝説とされていた。神話によると、ミノス王は怪物ミノタウロスを迷宮にとじこめていたが、ミノタウロスはギリシャの英雄テセウスによって退治された。この怪物退治の物語は、ミュケナイがクノッソスからエーゲ海の主導権をうばったことを示唆しているのかもしれない。ホメロスの叙事詩「イーリアス」には、ギリシャ人(ホメロスによればアカイア人)がトロイアを陥落させたトロイア戦争のようすがつづられている。
エーゲ文明の発見は、ドイツのアマチュア考古学者シュリーマンの発掘にはじまる。彼は1870年にトルコのヒッサリクの丘の発掘をはじめ、トロイアの遺跡を発見した。ついで76年からはミュケナイを、84年からはティリュンスを発掘し、城壁(→ 壁)をもつ宮殿、土器、装飾品、そして黄金の財宝が埋蔵された王家の墓を次々に発見、前1500~前1200年に繁栄したミュケナイ文明の存在を明らかにした。 1900年、イギリスの考古学者エバンズは、クレタ島のクノッソスで巨大かつ複雑な宮殿を発見し、ミノス王と迷宮の伝説にむすびつけた。さらに文字のしるされた粘土板を発見し、その2種類の文字は、時代の古いほうから線文字A、線文字Bと命名された。52年、イギリスの建築家ベントリスと古典学者チャドウィックは線文字Bの解読に成功し、初期のギリシャ語であることを明らかにした。ミノス人のもちいていた線文字Aは、いまだ解読されていない。 キクラデス諸島での発掘は、1930年代以来、ギリシャ考古学隊によるテラ島遺跡の発掘から本格化した。遺跡からはミノス文明と類似のフレスコ画と工芸品が発見され、集落が前1600年ごろの大噴火によって埋没したことも明らかになった。その後デロス島周辺の遺跡の発掘がおこなわれ、キクラデス文明は前3000年代にまでさかのぼり、商人や漁師が季節によって周期的に島にくらしていたらしいことがわかった。文字は発見されていないが、壺や装飾品、独特な形の大理石製の石偶が出土している。石偶の大部分は女性像で、等身大のものが多く、彩色がほどこされていた。
近年、ディミニ遺跡をはじめとして、新石器時代から青銅器時代のギリシャの遺跡が豊富に発掘されている。青銅器時代は前3000年ごろにはじまり、初期・中期・後期の3つの時期に区分されている。
前3000年ごろ、おそらく小アジアからエーゲ海域に新住民が移住してきて、青銅器文明をもたらした。前2500年ごろ~前2000年ごろのトロイア第2市では、トロイア文明の最盛期をむかえている。
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