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アオイ科ワタ属の多年草の総称だが、栽培では一年草としてあつかわれる。高さ1~1.5m。花はふつう黄色だが、白花や赤花などもある。花後、球形の果実が熟してはじけると長く白い毛の塊があらわれ、茶色や黒の種子をつつむ。完熟してかわくと、毛ははっきりとらせん状によじれた細い管状の細胞として、1本ずつ種子にくっついている。それぞれの繊維は、長さ1.3~6cmである。種子についている短い繊維はリンター(綿くず)とよばれる。 綿花とはワタの種子にくっついている毛(繊維)のことをいう。栽培される種はわずかである。アジア地域の低い木(アジアメン)、毎年多くの枝をはわせるアメリカ高地の低木(リクチメン:陸地棉)、繊維の長いエジプトメンやカイトウメン(海島棉)などの種は、1900年ごろ、アメリカにもちこまれたエジプト種から生まれたものである。カイトウメンの種は、アメリカ北東部沿岸沖にあるシー諸島の特殊な気候にあって繁茂し、またバルバドスなど西インド諸島に生育している。エジプトメンと同じように繊維が白くつやがあり、ほかのワタよりも繊維が長いので、つむぐと高級な糸になる。かつてはアメリカエジプトメンとよばれたピーマは、混合種である。これだけが長い繊維のワタの変種で、商品としての品質が高く、アメリカ南西部では灌漑をおこなって栽培されている。 ワタのさまざまな種の原産地はほとんど特定できない。メキシコのテワンテペック地峡から出土したワタの繊維は、約7000年前のものとされている。ワタがインドで5000年以上前から栽培され利用されていたのは、確かである。古くは中国人、エジプト人、アメリカ先住民も利用していた。アメリカでは、ヨーロッパからの移住者が植えた最初の作物で、1607年にジェームズタウンの植民地で栽培されていた。
成育期間の長いワタの栽培には、生長期のじゅうぶんな日光と水、および収穫時にはかわいた気候が必要である。一般にこれらの条件をみたすのは熱帯や亜熱帯の低緯度地域である。アメリカの綿花帯はフロリダ北部からノースカロライナ州まで、西はカリフォルニア州までひろがっている。 アメリカでは、1年のうちの作物生産は、前の年に多くのワタ栽培農夫が手作業や機械でワタをつみとった直後にはじまる。作物の残りかすを地中にすきこみ、農地はふつう翌春に耕作するまで放置される。植え付け時期はテキサス州南部で2月初めから、綿花地帯の北限地帯で7月初めとさまざまである。 雑草をとるには、植え付けの前後に集中的に除草剤を散布するなど、いろいろな化学的方法や機械的方法がもちいられる。耕耘機、回転式のくわなども除草につかわれる。 現在ではアメリカのワタのおよそ95%が綿摘み機や綿繰り機でつみとられている。綿摘み機は灌漑地でひろくつかわれている。綿摘み機にはワイヤーの糸車がついた垂直なドラムがあって、ひらいたさやから繊維をひきだす。綿操り機はおもにテキサス州西部とオクラホマ州西部でつかわれていて、種子から繊維をてばやくもぎとる。
花のほかに、葉の裏にも蜜(みつ)のはいった小さな椀状のものがある。これらの蜜や汁の多い茎にひかれて、ワタミハナゾウムシ(→ ゾウムシ)をはじめとしてさまざまな害虫があつまる。成熟のはやい株を植え、駆虫剤や駆除方法をつかうことによって、ワタミハナゾウムシによる被害は大幅に減少している。 インド原産とされる小さなワタキバガの桃色の幼虫は、今では世界じゅうのワタに寄生している。この幼虫はさやに穴をあけてはいりこみ、種子を食べる。アメリカではワタキバガの幼虫はおもにテキサス州と綿花地帯西部にみられる。防除には、検疫、くん蒸消毒、綿繰り機でとりのぞいたかすの破砕がおこなわれる。タバコガも収穫量の減少と防除費の増加という面から、もっとも大きな害をもたらす害虫にあげられる。アワヨトウ、アザミウマ、メクラカメムシも大きな害をもたらす。 ワタ植物がかかりやすい重大な病気に、土壌から根にはいり毒性を発揮する菌による立枯れ病がある。予防法はないが、この病気に強い株が開発されている。そのほか、ある種の細菌による炭疽(たんそ)病がある。もっともよい防御法は細菌のない農場でとれた種子をつかうことである。
綿繰り機にかけるワタは、トレーラーやトラックからパイプで吸入して建物の中にはこびこまれる。多くの工場では、まず乾燥機にいれ、加工しやすいように水分をとりのぞく。ついで付着しているもの、棒切れ、ごみ、葉くずなどの異物がとりのぞかれる。次に綿繰り台にのせられ、長い繊維が種子からひきはなされる。種子から分離した繊維は、かたく荷づくりされる。
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