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タバコは北は北緯50度までの気候もさまざまな約120の国で栽培されているが、上質で商品価値のある産物がとれるのは、ほんの数カ所だけで、栽培には多くの手間と集約的な労働力が必要とされる。 巻タバコあるいはタバコの充填(じゅうてん)葉、中巻葉、外巻葉などにするメリーランドタバコや、バーレーのような特殊な系統のタバコの苗をつくるときには、すずしい苗床から畑へ移植するが、特別の肥料と湿度が必要である。外巻き葉用の大きなうすい葉をつくるためには、目のあらいうすい綿布で畑の上をおおう。花止めして、生育させた葉は、成熟した段階で収穫するために、手作業でひんぱんにつみとらなければならない。 どのタイプのタバコも、葉は納屋につるしてほし、色づいて乾燥し、しかるべき香りがでるまで空気、火、熱などにさらす。多くのアメリカタバコや葉巻につかう空気乾燥の方法は、6~8週間かかる。火をつかう方法は納屋の床に火をたいて煙を葉に浸透させる。暖房による場合は、かつてはたき火から排気管をとおして熱をつたえていたが、葉がきちんと醗酵して乾燥するよう注意が必要とされる。乾燥させたのち、葉のついていた部位、色、大きさ、品質などによって等級づけしてから包装し、競売のために貯蔵所にはこばれる。
日本に最初にタバコがはいってきたのは、ポルトガルやスペインのアジア進出の時代である。製品になったものは、元亀から天正年間にかけて(1570~92)、船員がもちこんだといわれる。種子はつづいて慶長年間(1596~1615)に渡来し、各地で栽培されるようになったといわれるが、確かな記録があるのは、フランシスコ会の司祭が、京都の伏見で、1601年(慶長6)に徳川家康に献上したことである。別の説では、1600~05年ごろ九州にもたらされたという。
17世紀半ばには、全国各地でタバコが栽培されるようになったが、年貢の米が減少することをおそれ、幕府は作付けの半減令をだして規制したが、8代徳川吉宗の時代になって、奨励策をとるようになった。幕末には、薩摩藩などが専売制をとり、現金収入の手段にしていった。 明治維新以後、1898年(明治31)に葉タバコが専売制になるまで、民間業者の間で取り引きされていた在来種は、120種以上あった。1904年に政府は、日露戦争の戦費調達と外国製品への対抗処置として、タバコの生産、製造、販売を政府の専売とし、大蔵省専売局の所轄とした。専売局は、49年(昭和24)日本専売公社となり、85年日本たばこ産業株式会社(呼称JT)として民営化され、94年10月に東京証券取引所第1部に上場した。
タバコの品種は、目的とする製品や香り、味、燃焼性などの違いで、バーレー種、葉巻種、オリエント種、黄色種、在来種の大きく5種類にわけられる。
アメリカの在来種から突然変異でできたもので、葉緑素が少なく白味がかっている。香りや味がすぐれ、着香料の吸収がよいところから、いわゆるアメリカン・ブレンドの基本になる品種。アメリカをはじめ、日本、韓国、イタリアなどで栽培される。日本では、東北地方が主産地になっている。
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