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印刷版にインキをつけ、版面の文字や絵、写真などを紙や布などにおしつけて、大量に複製すること。版式による分類には、凸版(活版、木版、ゴム版)、平版(オフセット、リトグラフィー)、凹版(グラビア)、孔版(謄写版、スクリーン印刷)の4つがあり、製版方法による分類には、機械製版、化学製版、電子製版がある。
もっとも初期の印刷技術は、前3000年ごろのバビロニアで、署名の代用として、あるいは宗教的なシンボルとしてつかわれていた、捺印(なついん)と考えられている。捺印につかわれた石は、指輪などにくみこまれている場合が多く、石の表面に紋章や模様などをほりこんで、顔料や泥などをつけてから、なめらかで弾力のあるものにおしつけることで捺印した。
中国では、漢代(前202~220年)以前から、捺印に似た印刷技術が開発され、石や銅などの金属をつかって印がつくられた。この代表的なものは、福岡県で出土した、金印ともよばれる「漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)」である。中国で印刷技術が発達した背景には、2つの要素がある。その1つは105年の紙の発明、もう1つは道教の成立と仏教の伝来である。 古代エジプトなどでつかわれていたパピルスは印刷に適さず、また、動物の皮からつくられるベラムは高価だったために、一般には普及しなかった。その点、紙は比較的安価で、護符などの捺印には最適であった。道教、仏教が盛んになるにつれて、これらの需要は高まり、やがて、木の板に特殊な模様をほりこんで紙に捺印する、木版印刷術が開発され、印刷技術がいっそう高度になった。 印刷物の最古のものは、770年(宝亀元)につくられた日本の「百万塔陀羅尼経(ひゃくまんとうだらにきょう)」といわれている。100万基の塔をつくってその中にいれた経典のことで、版の材料は木版か銅版かは不明だが、100万部を印刷したという事実は当時としては画期的である。
1445年ごろ、ドイツの金銀細工師であったグーテンベルクは、鉛、スズ、アンチモンの合金をつかった活字を製作し、さらに、ブドウ絞りの機械からヒントをえて、版に強い圧力をくわえて印刷する活版印刷機を発明した。この発明によって、従来、必要に応じて木の板にほりこんでいた労力から解放され、印刷技術に大きな進歩をもたらした。活版印刷の技術は、火薬、羅針盤の発明とともに、ルネサンス期の3大発明といわれている。 西洋の印刷技術の進歩とは別に、1400年ごろにはすでに朝鮮で、数十万個の銅製の活字がつくられていたという。これらの活字が日本につたわり、1593年(文禄2)に「古文孝経」などを印刷した。これと同じころ、西洋からつたえられた活字と印刷機をつかって、キリシタン版とよばれる欧文、和文の本が印刷されたという記録がある。 以後、日本では、めざましい印刷技術の進歩はみられなかったが、1856年(安政3)、オランダ語の通詞であった本木昌造が、オランダ文典を印刷してから、印刷技術は急速に発展し、本木の弟子の平野富二によって東京に、長崎新塾出張活版製造所(のちに築地活版製造所と改称)が設立され、73年(明治6)に日本ではじめての印刷機をつくって、新聞、書籍の発行に大きく貢献した。
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