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Windows Live® の検索結果 メキシコ、ユカタン半島北部にあるマヤ文化のもっとも重要な都市遺跡。名前は「イッツァの井戸の口」を意味し、かつてこの地を支配していたマヤのイッツァ族と、この都市に水をもたらすことにより宗教と文化の中心になった2つの聖なる天然の井戸に由来する。イッツァ族の町として6世紀初めにさかえはじめ、10世紀末ごろメキシコ地域からの侵略者トルテカに征服されたが、ユカタン半島北部でもっとも重要な宗教都市となり、マヤ文化の中心として13世紀まで繁栄、スペイン人が侵入してきた16世紀か、それ以前に放棄された。 遺跡の広さは約6km²。階段状の基壇ピラミッド様式の建造物が多くみられ、ひろい階段をのぼると壁に石彫や碑文、色あざやかな絵をほどこした小部屋へたどりつく。有名な建造物には「球技場」といった名前がついている。「球技場」では宗教的な意味をもつ試合がおこなわれた。コートの幅は36mで、長さ83m、厚さ9mの平行した壁ではさまれている。両方の壁には高さ7mのところに石の輪がつきでており、競技者たちはゴムのボールをそのリングにいれることできそいあう。 カスティーヨとよばれる高さ30mのピラミッド神殿の上にはヘビの神ククルカンの神殿があり、そこにはピラミッドの四方についている階段でのぼる。このほか教会、尼僧院、戦士の神殿、カラコル(円形建物の天文観測所)などが有名である。
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