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ミノス文明

ミノス文明 ミノスぶんめい Minoan Civilization
百科事典項目

クレタ島で前2000~前1400年ごろにもっともさかえた青銅器時代の文明。キクラデス諸島でさかえたキクラデス文明とギリシャ本土でさかえたミュケナイ文明とともにエーゲ文明の3つの主要な文明のひとつ。クレタ文明ともいう。

イギリスの考古学者エバンズが1900年に発掘をはじめ、クノッソスの宮殿を発見し、伝説の王ミノスにちなんでミノス文明と名づけた。それまでミノス文明の存在は知られていなかった。

この文明は前3000年にはじまり、前2000年ごろに大きく発展し、クノッソス、ファイストス、マリアなどに6つの宮殿がきずかれた。前1700年ごろ地震によって破壊されるが、ただちに再建され、かえってミノス文明は最盛期をむかえる。クノッソスの新宮殿は複雑な構成の3~4階建てで、中庭をかこむたくさんの部屋や廊下があり、王や王妃の部屋は壁画などでかざられていた。この複雑な構造が、のちに迷宮伝説を生みだした。

数多くの絵画は鮮やかな色彩で宮廷生活や海洋生物などを写実的でダイナミックにえがいている。有名な「牛跳び」は、人身牛頭の怪物ミノタウロスの伝説にちなむ宗教儀礼をかねた競技の一場面である。宮殿の聖域には両手にヘビをもつ蛇女神がまつられ、壁画にえがかれているいくつもの双斧(そうふ:左右対になった斧(おの))はこの蛇女神に関連するものと思われる。壁画のほか宮殿内から出土した彫刻や陶器、工芸品などもみごとである。また他の宮殿もその構造はクノッソス宮殿と似ている。

クレタの首都として繁栄していた前1600年ごろのクノッソスは推定8万人の人口を擁する大都市であった。エーゲ海を支配し、ひろくエジプトなどとも交易をおこなっていた。ミノス文明は前1400年ごろ、ギリシャのミュケナイ人の侵入により滅亡した。ミュケナイ文明はミノス文明の影響をうけて発展、このころから最盛期をむかえることになる。

1900年以来の発掘で絵文字と、線文字A、Bと分類される2種の文字が書かれた数千枚の粘土板や、壺(つぼ)がみつかった。線文字Aは、ミノス人が絵文字にかわって考案したもので前1750年ごろ盛んにつかわれていたが、いまだに解読されていない。

線文字Bはクレタ島やギリシャ本土のミュケナイでみつかっており、ほとんどが前1400~前1150年ごろのものとみられている。1952年イギリスのマイケル・ベントリスらが解読に成功した。この文字はミュケナイ人が線文字Aをまねて考案、自分たちのギリシャ語を書きあらわしたものといわれる。

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