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  • 神殿(建築) - MSN エンカルタ 百科事典 ダイジェスト

    神のために奉献された建造物。ここでは古代エジプト、西アジア、ギリシャ、ローマなどの一般的な意味での神殿のほか、インド、中国、日本の宗教建造物にもふれる。古代人が自然の強大な力への崇敬の念をあらわすためにつくった立派な建造物が神殿建築 ...

  • 平安後期の神殿建築部材が出土 西浅井・塩津港遺跡:京都新聞

    滋賀県西浅井町の塩津港遺跡で、小型神殿の建築部材が多数確認されたと、県文化財保護協会が20日までに発表した。いずれも平安後期のもので神社の建築部材としては最古級とみられ、「当時の神社を研究する上で貴重」という。

  • エルサレム神殿 - Wikipedia

    神殿は 紀元前1世紀 に イドマヤ 出身(エドム人の改宗者)の ヘロデ大王 によって拡張され、その王宮と回廊で結ばれた。ヘロデ大王により拡張された神殿は、それ以前と区別してヘロデの神殿とも呼ばれる。

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神殿(建築)

神殿 しんでん
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

神のために奉献された建造物。ここでは古代エジプト、西アジア、ギリシャ、ローマなどの一般的な意味での神殿のほか、インド、中国、日本の宗教建造物にもふれる。古代人が自然の強大な力への崇敬の念をあらわすためにつくった立派な建造物が神殿建築の起源である。その周囲では宗教儀礼がとりおこなわれ、多くの社会では神官が強大な権力をもった。神殿建築は、しばしば神々しい山や太陽ののぼる位置など、特徴のある地勢や現象と関連してたてられることが多い。

II

神殿の形式

神殿の形式はものをつみ重ねただけの土塁のような単純なものから、多数の建造物の洗練された複合体までさまざまであるが、それにはかならず中心となる本殿がみいだされる。特別に神聖な場所には、目にみえない神の存在を象徴する彫像や絵画、聖遺物が安置される。その場所は神殿の奥にあって、神への崇敬をあらわすために、扉や玉垣、柱廊などで隔離され、供物をささげたり儀式をとりおこなう祭壇がおかれている。古代ギリシャやローマの神殿では、祭壇は本殿の正面外部におかれ、内部の神室には一般信者ははいれなかった。

神殿は一般に本殿をとりまく境内をもっている。門は壮麗につくられ、信者や巡礼で混雑するのをふせぐ役割をする。境内には神官の部屋、施療院、修道院、店、宿泊施設が併設されることがある。祭礼と農業とは密接な関連があるので、ときに穀物倉庫もみられるが、神官が穀物の種をかして利息をとることもあった。

一般に神殿は2つの形式に分類できる。階段状ピラミッドジッグラトなど屋外にきずかれた巨大な建造物の形式と、内部の神室と外部の柱廊や付属建物からなる殿堂の形式である。一方は天へとむかう記念碑であり、他方は神の壮麗な住居である。

III

エジプト、メソポタミア

古代エジプトでは神殿は巨石をつみあげてつくられた。カルナックのアメン大神殿(前1570頃~前1070頃)のように、何代にもわたって増改築がつづけられたものもある。ナイル河畔には多くの神殿が建造されたが、とりわけディール・アルバフリーのハトシェプスト女王葬祭殿(前1478頃)の超人的な規模は、畏怖(いふ)の念をおこさせる。周囲にほどこされた浮彫と壁画は神々と支配者たちとの特別な関係をものがたっている。

古代メソポタミアの神殿はジッグラトとよばれる階段状の建造物であった。現存最古の実例はイラクのウルにあるナンナルのジッグラトである。

IV

ギリシャ

前7世紀以来、古代ギリシャ人は周囲に列柱をならべた長方形プラン(平面図)で、切妻屋根をかけた神殿をたてた。そのもっとも完成された形は、アテネのアクロポリスにあるパルテノン神殿(前447頃~前432頃)にみられ、この形式はその後の美術史上に長く継承された。都市の高い丘(アクロポリス)に大理石できずかれたギリシャ神殿は、優雅な均整美によって名高い。ふつう3段の基壇をもち、その上に列柱と神像安置所のがもうけられる。切妻屋根の破風や軒下の小壁は浮彫や彫像でかざられる。ギリシャ建築でもちいられた円柱装飾様式(ドリス式、イオニア式、コリント式)は、その後の古典主義建築の規範となった。

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