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項目構成
プロローグ; ラジオの起源と放送の始まり; テレビの発明と放送の始まり; 放送産業の現況; 放送に対する規制; 番組制作; テレビ制作会社; 視聴時間; テレビに対する社会的批判; 世界の放送状況; 放送の未来
視聴者の多くは、きまった時間のきまった番組をみたくてテレビをつけるのではない。むしろ、おもしろそうな番組をみつけるためにチャンネルをかえるのである。 アメリカでおこなわれた、脳波などによる研究の結果によると、テレビ画像はめったに精神集中の焦点にならず、視聴者はくつろぎと無抵抗の状態におちいっている。カメラによる家庭の視聴者調査によると、視聴時間の3分の1は、視聴者の注目は他の事柄にもむけられ、注目率は映画がもっとも長く、視聴時間の76%、ニュースとコマーシャルがもっとも短く、55%である。4人の視聴者のうちの1人は、家事、会話、読書などをしながらみる「ながら族」である。ニュースの想起の調査では、気まぐれ視聴が標準であると結論されている。標準的なニュースで19の話題をみた視聴者が、深夜までおぼえていたのはたった1つであった。しかし、これは視聴者がテレビから情報をえていないということにはならない。積み重ねによって獲得されていくという知識の性質を過小評価すべきではない。 日本にはコマーシャルの認知と記憶に関する調査はいくつかあるが、番組そのものの注目と想起に関する調査はアメリカほど多くなく、多彩でもない。1990年から5年にわたるNHKの調査は、番組選択の動機と番組内容の記憶と評価を調査している。それによると、時の経過とともに番組内容の記憶は低下するが、番組の満足度はほとんど変化しないという。
テレビは昔ほどおもしろくなくなったという世論調査がある。しかしアメリカ家庭の一日の視聴率はテレビ登場以来ふえてきているし、レジャーの中でテレビはかわらぬ人気をもっている。 コマーシャルは視聴者の批判の的になっている。アメリカの研究では、調査対象者の43%がコマーシャルは下品だといい、48%がコマーシャルのないテレビをもとめ、30%の人は少額なら非商業テレビのために寄付してもいいといっている。 日本の視聴者の意見は各テレビ局の調査結果でわかる。NHKの「テレビに対する興味の変化に関する調査」では、以前よりも興味をひかれる人20%、以前も今も同じように興味のある人34%、以前より興味をひかれなくなった人28%、以前も今もあまり興味がない人14%となっている。 コマーシャルに対する意見として、「テレビCMは新製品を知るうえで役だつ」とするもの65%、「テレビCMはおもしろい」53%、「テレビCMは邪魔だ」は19%というフジ系列合同調査がある。日本はアメリカほどコマーシャルに対する抵抗感がない。
テレビは世界の出来事を知り、別の世界を理解するのに強い影響力をもついっぽう、現実の姿をゆがめていると批判される。その批判は、暴力表現、人種と性のステレオタイプの表現、商業主義の3つの問題にしぼられる。
テレビの暴力表現について、子供たちが暴力を争いの唯一の解決手段としてまなぶという批判がある。攻撃的行動をみた子供と非暴力的番組をみた子供の遊び方を比較したとき、暴力表現をみたグループに攻撃的遊び方がめだつという報告もある。しかし別の調査では、テレビの暴力表現が視聴者の緊張をときほぐすというカタルシス効果をもつと主張している。子供時代にみたテレビ番組が人格形成におよぼす影響を評価するのはむずかしい。反社会的行動とテレビの暴力表現の関連性は最終結論がでていない。 言論と出版の自由に関するアメリカの長年の伝統からして、テレビの暴力描写を政府が直接制限したり、検閲することはないであろう。しかしテレビ界が自主的に暴力表現のガイドラインを策定するようもとめた「1990年テレビ暴力規制法」が制定され、これにこたえて3大ネットワークが自主ガイドラインを発表した。同時に「1990年子供番組規制法」が制定され、子供の教育と情報のニーズにこたえる番組提供を放送局に対してもとめた。これをきっかけにして1993年、上下院に「テレビ暴力シーン規制法案」が提出された。イギリスでも静かにテレビの暴力描写の規制がすすんでいる。政府によって設立された放送基準審議会が番組コードをつくり、これが暴力描写のガイドラインとなっている。 暴力表現の規制は国によってさまざまで、マレーシアでは暴力番組の放送と購入が禁止されている。カナダ、オーストラリア、ドイツでは、原則としてテレビ業界の自主規制にまかせている。チリやニュージーランドでは、子供に不適切なものと、家族といっしょにみてよいものとを画面に表示している。 日本では諸外国ほど暴力表現の問題がとりあげられず、規制の論議もおこっていない。テレビ業界の自主規制としては、民放連の放送基準第9章があり、たとえば暴力行為は、その目的いかんを問わず否定的にとりあつかい、表現は最小限にとどめるなどの規定がある。
性と人種のステレオタイプの取り扱い方もアメリカでは関心をよんでいる。黒人は長い間、テレビドラマの中で不当に低く表現され、指導的立場や成功する役柄を演じることはめったになかった。女性はもっぱら主婦と母親の役を演じた。1970年代、テレビに登場する女性と黒人の役は大いに向上した。しかし、これが現実のアメリカ社会を反映しているのか、またテレビがこの問題に大衆の関心をあつめる役割をはたしているのかは疑問がのこる。日本では差別に関する規定は、「人種・性別・職業・境遇・信条などによって取り扱いを差別しない」と民放連の放送基準第1章5項にあるだけだが、各局に取り扱いについての内規があり、自己規制をしている。
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