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Windows Live® の検索結果 481~751 フランク族の王国を支配した王朝。もとは今日のライン川の下流にいたフランク族の支族サリ人の小首長の家系だったが、歴代の当主は勢力を拡大しながら、しだいに南下した。クロービスは同じサリ系の小首長たちとフランク系リプアリ人を征服して初代の王となり、さらにカトリックに改宗してローマ・カトリック教会とローマ系市民の支持を獲得し、今日のドイツ・ベルギーからスイス、さらに南部フランスまでを統一した。王朝の名はクロービスの祖父メロビスにちなんだもの。 511年にクロービスが死去したのちには4人の子が分割相続して4カ国となったが、各分国王は6世紀前半、ドイツ中部のチューリンゲン、東南フランスのブルグント、フランス南西部の西ゴート人をせめてフランク王国の領土を拡大した。だが、この世紀の後半になると、王族の間の抗争がくりかえされ、各地の貴族層が力をもつようになった。なかでもピピンの家柄は宮宰の地位にあって強い勢力をもち、メロビング家の支配は名目的なものとなった。751年にはピピン3世がメロビング家最後の王ヒルデリヒ3世を廃位し、王位についた。ピピンの子がカール大帝であり、この王朝はその名にちなんでカロリング朝とよばれる。
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