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社会ないし国家が、自由で独立した個人の契約によって形成されるという考え方。この観念は17世紀から18世紀にかけて発展し、国民の自由と平等を原理とする近代社会の形成に重要な役割をはたした。 社会が契約によって形成されるという考え方自体は、近代に特有のものではない。中世においても、このような考え方はしばしば主張された。たとえば、為政者と国民の間の支配服従関係は契約によるものであり、為政者が国民に対する義務をおこたり権力を濫用した際には、国民の服従義務も解除され、為政者への抵抗がゆるされるという主張がみられた。しかし、このような契約の観念は、近代の社会契約説とはことなり、社会全体の構造を平等な人間の契約によって再構築することをめざすものではない。中世の身分制的な支配関係を前提として、人々がこれに同意するとする、すなわち、既成の秩序を契約の比喩によって解釈したものにすぎないのである。 したがって、近代の社会契約説とはことなり、契約の論理は平等な社会関係の創出に寄与するとはかぎらない。不平等な社会関係も、契約の名のもとに正当化されることになるのである。これに対して、近代の社会契約説は、契約をおこなう人間の自由で平等な性格を強調することで、社会の変革の原理となるものである。 社会契約説の理論構成は次のようなものである。人間は、社会が形成される以前の自然状態においては、相互に自由、独立、平等であり、いずれの人も他人に対する政治的な支配権をもっていない。自然状態にはこのような長所がある反面、権力がかけているため、人間関係は不安定である。紛争の解決は容易ではなく、安定した社会関係を発展させることはできないのである。そこで人々は、契約によって社会を形成し、為政者を選出して、これに統治をゆだねることになる。人々は、社会の形成という目的の達成のために必要な範囲で自然状態の自由の一部を放棄するが、この放棄は無制限なものではありえない。社会の形成の目的(たとえば、安全や生活の便宜)と矛盾するような義務を人々におわせることはできず、また、極端に不平等な関係を不必要に導入することもゆるされないのである。
近代において展開された社会契約説は、以上のような共通の特徴をもつが、その細部は論者によって大きくことなっている。またこれらは、中世以来の身分制社会の批判という点では共通しているものの、それぞれが擁護する社会秩序は相互に大きくことなったものである。社会契約説の代表的な論客であるホッブズ、ロック、ルソーの議論は、それぞれ以下のようなものである。 ホッブズにおいては、自然状態はきわめて悲惨な状態として描写される。人間は快苦にしたがって行動する動物であり、より大きな力を獲得することをめざす。このため自然状態においては必然的に人間相互の衝突が生じ、「万人の万人に対する闘争」という全面的な戦争の状態が生じる。このような状態では人間は自らの安全を確保できないので、人々は安全の確保のために、契約によって社会を形成することになる。ところで、このような人間の本性を前提とする場合、秩序の維持という目的のためにはきわめて強力な政府が必要となる。統治の権力は不可分とされ、すべてひとりの為政者(あるいはひとつの合議体)にゆだねられることになる。為政者への抵抗は、自らの安全がおびやかされる場合以外にはゆるされない。反乱の防止のために、さまざまな領域において、国家による統制がみとめられることになる(→ リバイアサン)。 ロックにおいては、より楽観的な人間観がとられる。人間はときに過ちをおかすが、倫理的規則にしたがって行動する能力をもっている。したがって、自然状態には不都合が存在するが、これは無秩序の状態ではない。それゆえ、社会の形成にあたって為政者に強大な権力をあたえる必要はない。為政者の権力は秩序維持のために必要ではあるが、同時にそれは濫用される危険もはらんでいるから、強大な権力をあたえることはのぞましくない。統治の権力は、複数の機関にわけてあたえ、これらの間の抑制と均衡によって濫用をふせぐことが必要である。また、為政者による権力の濫用がはなはだしい場合には、国民による抵抗がみとめられる(→ 統治二論)。 ルソーにおいては、自然状態は未開状態として定義され、この次の段階として、文明の状態が設定される。未開状態は人々が孤立してすんでいる状態であるが、文明の発達とともに社会的関係が生じる。経済活動の発達とともに人間は豊かになるが、貧富の差による不平等と隷属が生じ、人間は自由をうしなうことになる。このような状態を脱するために、社会契約によって新たな国家を形成する必要が生じるのである。この契約において、人々は国家に対して自己を全面的に譲渡し、国家と個人はいわば融合するにいたる。これによって人間は、共同体の自治の主体となり、本当の自由を実現することができるのである(社会契約論)。 ホッブズの理論が、宗教戦争のさなかに絶対主義的な統治を擁護する機能をもったのに対し、ロックの理論は絶対主義的統治を批判して、国民の抵抗権を基礎づけ、名誉革命を正当化するものであった。ルソーの理論は、フランスの身分制社会の従属関係をするどく批判して自由への情熱を喚起し、フランス革命の原動力となった。
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