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アイルランド

アイルランド Ireland
百科事典項目
項目構成
5

文化

アイルランドの最初の居住者はおそらく新石器人で、つづいて青銅器をたずさえた地中海人や、ピクト人がやってきた。彼らがつくった前2000~前1000年のドルメンやメンヒル、石の砦(とりで)などが数多くのこされている(巨石記念物)。鉄器時代には、ケルト人の侵入(前350年頃)によって新しい文化がもたらされた。ケリー県のオガム文字による5世紀の石碑文に、最古のケルト語(ゲール語)の跡をみることができる。5世紀にはパトリックがアイルランドにキリスト教をつたえた。

5 A

文学

世界文学でもアイルランドの貢献は大きい。ゲール語の二大伝説群は、クホリン(クフーリン)、フィン・マクウァルなどの神話的な英雄の物語をつたえている(ケルト神話)。長くきびしいイギリス植民地の時代をへて、アイルランドはスウィフトゴールドスミスショーなどの英語による大作家を生んだ。20世紀に独立運動とむすびついておこったアイルランド文芸復興では、イェーツオケーシーを輩出し、ジョイスは20世紀ヨーロッパ文学に多大な影響をあたえた。不条理劇作家のベケットもアイルランド出身。1995年にノーベル文学賞を受賞したヒーニーは、北アイルランドからダブリンに移住して、アイルランドをテーマにした詩を書きつづけている。アイルランド文学

5 B

美術

5~9世紀に、アイルランドの修道院では彩飾写本など世界的に有名な芸術品がつくられた。なかでも「ケルズの書」は中世でもっともうつくしいものとされる。こうしたアイルランド独特の教会美術はイギリス支配期に姿をけしたものの、17世紀以降は多くの著名なアイルランド人画家や彫刻家が輩出する。バレット、バレー、ホーンらは、1768年のロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの創立メンバーでもあった。オコナーは風景画家として知られ、マクライズは上院のロイヤル・ギャラリーにすばらしいフレスコ画を描いた。19世紀のアイルランド人画家の中では、ホーン(息子)とオズボーンが有名である。さらに時代がくだると、印象派のイェーツ、キュビストのジェレット、ステンド・グラス作家のホーンが世界的名声をかちとる。アイルランド美術

5 C

音楽

アイリッシュ・ハープ(ハープ)は12世紀からヨーロッパに知られていた。ハープ奏者としては盲目のオカロランが知られ、彼が作曲した200余りの歌の多くは、1720年にダブリンで発行されている。同じころ、ハープ演奏の保存と振興のために、フェイスとよばれる民謡フェスティバルがおこなわれるようになった。アイルランド民謡は子守歌から酒をたたえる歌まで幅広く、テンポやリズムもさまざまである。92年のベルファスト・ハープフェスティバルではバンティングが伝統的なアイルランド民謡を収集し、96年に発行した。アイルランドの大詩人ムーアも、1807年初版の「アイルランド歌曲集」の中でこれを使用している。アイルランドでは、18世紀になるまで古典音楽はあまり知られていなかった。作曲家としてはじめて国際的名声をえたのは夜想曲で知られるピアニストのフィールドである。ほかに、オペラ「ボヘミアの少女」の作曲家バルフや、テノールのマコーマックが知られる。

5 D

文化施設

図書館や美術館はダブリンに集中している。50万冊を所蔵するアイルランド国立図書館は、公立図書館としては最大であり、1601年に創設されたトリニティ・カレッジの図書館は、「ケルズの書」など280万冊を所蔵する。国立博物館はケルト美術やバイキング美術のコレクションで知られ、8世紀の「タラのブローチ」「アダックの聖杯」、12世紀の「コングの十字架」「聖パトリックの鏡」などを所蔵している。国立美術館では、アイルランド絵画、ヨーロッパ各地の名画が展示されている。演劇に対する関心も大きく、ダブリンのアベー座は20世紀初頭の世界演劇でひとつの拠点となった。

3月17日の聖パトリック・デーはアイルランド最大の祝日である。人気のあるスポーツは、ホッケーによく似たハーリングとサッカーに似たゲーリック・フットボールで、競馬も盛んである。

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