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イギリス・アイルランド条約に反対していたデ・バレラらの共和派は、同条約により成立したアイルランド自由国政府に武力攻撃をしかけ、1922年6月から流血の内戦状態に入った。コスグレーブひきいる臨時議会は憲法草案を作成、イギリス議会の承認をへて、22年12月より施行された。共和派は23年4月にゲリラ戦を停止し、治安は少しずつ回復された。8月の総選挙ではいずれの政党も多数を占めるにいたらず、コスグレーブが政権にとどまる。政府はシャノン川水力発電計画など経済の強化につとめた。アイルランド自由国と北アイルランドとの境界は、25年12月に確定された。 アイルランド自由国は1923年に国際連盟に加盟し、24年には他のイギリス連邦諸国にさきがけて、ワシントンに独自の代表をおくった。26年、イギリスの政治家バルフォアは、イギリス本国と自治領内の対等な関係を定義した報告書をイギリス議会に提出、これは31年にウェストミンスター憲章として条文化された。 デ・バレラは1926年にシン・フェーン党をはなれて共和党(フィアナ・フォイル)を結成。共和党は27年8月の選挙で議席を獲得して議会に参加した。30年代初頭の世界的不況に起因する国内問題の対処に失敗したことが一因となって、コスグレーブの与党(のちのフィネ・ゲール)は32年2月の選挙にやぶれ、以降デ・バレラが16年にわたって首相の座を占めた。デ・バレラはイギリスへの土地購入代金の支払いを拒否して、イギリスとの間に経済戦争をひきおこしたが、これは国内経済に重大な損害をあたえた。また、デ・バレラはアイルランド共和軍(IRA)への法的制限の撤回を獲得した。 共和党は1933年の選挙で多数派となり、国民の支持をえたデ・バレラは、イギリスの影響を漸次とりのぞいていくとともに国内経済の自給自足にむけた政策をとりはじめた。35年6月、デ・バレラは彼の政策に批判的だったIRAとの政治的関係をたち、新憲法の作成をすすめた。36年、議会はイギリス王エドワード8世の退位に乗じて、憲法から国王に関するあらゆる記述をのぞき、アイルランドにおけるイギリス政府代表職を廃止する法律を制定した。
1937年の選挙で、デ・バレラと共和党はふたたび政権を獲得し、同時におこなわれた国民投票で新憲法が承認された。この憲法はアイルランド自由国を廃止し、「主権をもつ独立民主国家」としてエールの建国を規定するもので、アイルランド全土に適用されるものとうたわれていた。38年、作家のハイドがエールの初代大統領になり、デ・バレラが首相に就任した。 1938年、エールとイギリスの経済戦争は終結し、イギリスへの土地購入代金支払いと引き換えに、イギリス軍はエールの海軍基地から撤退した。両国の関係はわずかに好転したが、アイルランド共和軍(IRA)がイギリスでのテロ行為を指揮したため、その関係もそこなわれた。 エールは第2次世界大戦中(1939~45年)中立をまもったが、市民の多くは連合軍側でたたかうか、イギリスの軍事産業ではたらいた。戦後は、経済が混乱してはげしいインフレがおこり、1948年2月の選挙では共和党が敗北した。その結果、統一アイルランド党(フィネ・ゲール)など6政党の連合により、コステロが首相に就任した。低価格と低額課税、工業生産の拡大、イギリスとの商業関係の強化をうったえたコステロは、同年11月にアイルランド共和国法案を通過させた。
1949年4月18日(復活祭の月曜日)、イースター蜂起の記念日に、エールは独立の共和国を宣言し、イギリス国王およびイギリス連邦との関係を正式にたった。翌5月、イギリス議会は北アイルランド議会が反対の選択をしないかぎり、北アイルランドがイギリスの一部であることを確認した。アイルランドは55年12月14日に国際連合に加盟した。 インフレと貿易不均衡はつづいたものの、アイルランド経済は1950~60年代を通じて大きく安定化へむかった。この時期にアイルランドは、それまでの保守的な自給自足体制を脱して輸出主導型の経済への転換をはかっている。経済成長率は50年代の1%から60年代後半には4.5%へとのび、外国資本の導入も積極的におこなわれた。経済発展によって海外移民も減少し、長年にわたる人口流出に歯止めがかけられた。イギリスおよびヨーロッパと緊密な関係をきずき、73年にはヨーロッパ共同体(EC。現EU)への加盟をはたした。 経済発展とともに政治も安定期に入り、長年の反イギリス感情もうすれていった。1957年、コステロ首相はアイルランド共和軍(IRA)に対して強い態度でのぞむことを表明し、首相の座をついだデ・バレラも、統一は力によってはえられないとの見解に公式に賛同した。62年2月には、IRAが武力闘争の方針をすてることを発表した。 1960年代の後半になると、北アイルランドにおけるプロテスタント住民とカトリック住民との対立が表面化し、69年4月の両派住民が衝突した事件にはイギリス軍も導入される事態になった。これを機にアイルランドの内外でIRAの武力闘争が再燃した。71年に、アイルランド議会は国外での使用を目的とした武器の購入および所持を禁止し、72年には政府が銃の引き渡しを命じた。
1970年代後半から80年代初めにかけて、アイルランドは困難な問題に直面する。国内での民族主義過激派によるテロが増加する一方、政府は多額の財政赤字をかかえこみ、失業がふえた。共和党と統一アイルランド党の間で政権交代がくりかえされた。破綻寸前の国内経済をたてなおすため、政府は87年から徹底した緊縮財政をしき、政府・雇用者・労働組合が協調して経済政策の合意を形成する仕組みを導入した。優遇税制などにより積極的に誘致した外資系企業を中心とするハイテク産業の発展、輸出の急伸で、90年代後半から21世紀初めにかけて経済成長率は10%に達した。このアイルランド経済のめざましい急成長ぶりは「ケルティック・タイガー」とよばれて世界の注目をあつめた。 1990年11月、労働党のメアリー・ロビンソンが初の女性大統領として選出された。リベラル派のロビンソンは社会的弱者の立場にたって精力的に活動し、内外から高い評価をうけた。 1991年12月、アイルランドはヨーロッパ連合条約(→ マーストリヒト条約)に署名し、92年6月の国民投票で批准が承認された。なお、アイルランドはEU(ヨーロッパ連合)諸国の中で唯一憲法で離婚が禁止されていたが、95年の憲法の離婚禁止条項の削除を問う国民投票による賛成をうけて、97年2月に正式に禁止条項が削除された。
1997年6月の総選挙で、野党連合が小差で与党連合をやぶり、共和党党首のバーティ・アハーンが新首相に就任した。10月におこなわれた大統領選挙でも、共和党のメアリー・マッカリースが当選した(2004年に再選)。ヨーロッパ通貨統合への参加とならんで北アイルランド和平の促進を最優先課題としてかかげたアハーン首相は、イギリスのブレア首相とともに和平交渉に柔軟に対応し、98年4月、プロテスタント、カトリック両派の妥協をひきだして和平の最終合意文書に調印した。合意文書では、アイルランドは北アイルランドに対する領有権をうたったアイルランド憲法を修正し、北アイルランド地方議会とアイルランド議会の代表で構成する南北評議会をもうけて、南北アイルランドの共通問題にとりくむことがきめられており、翌5月、合意内容にそった憲法修正の是非を問う国民投票が実施され、圧倒的支持で承認された。99年12月には、イギリス・北アイルランド自治政府と、南北評議会の初会合を開いた。 一方、1998年5月の国民投票では、新ヨーロッパ連合条約(アムステルダム条約)の批准についても過半数の賛成を獲得。99年1月には通貨統合に参加して、ユーロを導入した。しかし、2001年6月、東方拡大にそなえてEU(ヨーロッパ連合)の機構改革をさだめたニース条約の批准をめぐる国民投票では、54%の反対により批准が否決された。条約発効はEU加盟全15カ国の批准が前提であり、批准に際して唯一憲法の規定により国民投票にかけた国アイルランドで拒否の結果が出たことは、EU本部と加盟各国に衝撃をあたえた。02年5月の総選挙では、与党共和党が大勝。ひきつづき進歩民主党との中道右派連立政権で首相をつとめることになったアハーンは、ニース条約批准にむけて積極的に活動した。緑の党をのぞく主要政党と経済界も賛成をよびかけるキャンペーンを展開し、10月に再度おこなわれた国民投票では、63%の賛成をえて条約の批准が承認された。 北アイルランドの自治は、自治政府発足後もしばしば暗礁にのりあげ、2002年からイギリスの直轄統治にもどされていた。05年7月、アイルランド共和軍(IRA)が武装闘争の終結を宣言して、今後は政治活動でアイルランド統一をめざすと表明。06年4月、イギリスのブレア首相とアイルランドのアハーン首相が共同声明を発表し、期限内に自治政府を再開するよう強く圧力をかけたことから、07年5月、ようやく連立内閣が成立して4年半ぶりに自治政府が復活した。 2007年5月の総選挙では、最大野党の統一アイルランド党が躍進したが、与党共和党は議席をへらしたものの第1党の座を維持。連立与党の進歩民主党に緑の党をくわえた3党連立政権でアハーンが3期目連続で首相をつとめることになった。しかし、08年になって、アハーンが財務相時代に知人から不正な資金提供をうけていた疑惑がもちあがり、捜査当局がのりだす事態に発展して、4月、世論の批判が強まる中で、アハーンは首相と共和党党首を辞任する意向を表明した。
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