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バビロニア、アッシリアの支配したこの地域では、病気は罪に対して神があたえる罰だと考えられていた。したがって診断には、占いで神の意志をうかがった。とくに占星術が発達していたが、ほかに夢占い、肝臓占い(魂は肝臓にやどるとされていた)もよくおこなわれた。治療には500種類以上の薬品がもちいられた。前18世紀のハンムラピ法典には、医療行為、医療過誤について規定した記述がある。
バビロニアやアッシリアの支配をうけていたため、その影響が大きい。したがって、病気は神の怒りの表れと考えられていた。聖職者は公衆衛生に責任があった。また、助産婦(助産師)の地位がみとめられていた。旧約聖書では、病気の予防を強調している。
古代インドの医学には、アーユル・ベーダという大きな思想体系が確立していた。この思想は、病気を治療することだけではなく、幸福に長生きすることを目的としている。この世は3つの要素でできており、そのバランスがくずれた状態を病気という。したがって、バランスを回復すれば病気はなおる、というのが具体的な考え方である。この体系にもとづいた医書を、2世紀ごろのチャラカと、4世紀ごろスシュルタがそれぞれ書きのこしている。 臨床的な知識はかなりすすんでおり、マラリア、結核、糖尿病などをはっきり診断することができた。毒物についての知識も豊富で、とくに毒蛇に対しては解毒薬などももちいられていた。薬の種類は多く、タイマ、ヒヨスからは麻酔薬(→ 麻酔)がつくられた。また、現在の精神安定剤の元となる薬もつかわれていた。手術の技術もすぐれており、古代医学の中ではもっとも高度な外科の技術をほこっていた。世界ではじめて皮膚移植と鼻の形成外科手術に成功したのは、古代インド医学だといわれる。 のちに仏教の不殺生の思想がひろがり、手術はきらわれるようになった。体にメスをいれられないため、解剖学に関する知識はとぼしい。11世紀にイスラムの支配をうけると、インド医学はおとろえていった。しかし、衛生学、食事療法、優生学など、インドのすぐれた知識は、アラブ人によってヨーロッパにつたえられていく。
殷(商)時代は、病気は祖先の怒りによっておこると考えられ、呪術による治療がおこなわれた。次の周代には、医学の知識が発達し、専門化もすすみ、中国医学をささえる思想が体系化された。中国医学の思想は、陰陽五行説にもとづいている。この説は、万物は陰と陽から生みだされ、木、火、土、金、水の5つの基本要素からなりたっているという。医学にもとりいれられ、病気は体の5つの器官の5つの要素のバランスがくずれたときにおこるとされる。漢代にはこの思想体系が医学書「黄帝内経」にまとめられた。 中国では、宗教的な理由で解剖は禁止されていたため、人体の構造や働きに関する知識はとぼしい。治療は薬をもちいる内科的療法を中心に、マッサージ、吸角法、鍼や灸(→ 鍼療法)などがおこなわれた。吸角法は、カップを皮膚に密着させて中を真空にし、血液を皮膚の表面近くまですいあげ血行をよくする方法である。鍼・灸療法はリウマチなどの治療に利用された。薬物の知識は豊富で、動物の組織や分泌物、鉱物、植物からさまざまな薬が調合された。おもな薬には大黄、トリカブト、硫黄、ヒ素、アヘン(→ ケシ)がある。後漢末期には、「傷寒論」という薬の処方集がまとめられた。→ 漢方治療:気功
ギリシャでは、アポロン神が治療をつかさどるとされていた。前5世紀に、アポロンにかわってアスクレピオスが医神となった。ヨーロッパ各地にアスクレピオスの寺院がつくられ、聖職者が治療をおこなった。しかし、ホメロスの詩篇には宗教とは一線を画した医師が登場し、外科療法をおこなっており、内科と外科がはっきり区別されていたことがわかる。前6世紀には医学は宗教から完全にはなれ、臨床的な観察と経験を重視するようになった。また、ギリシャ医学の特徴として、哲学との結び付きが深い。哲学者エンペドクレスは、この世界は、空気、水、火、土の4つの基本元素でなりたっているとした。そして4元素に4つの体液(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)を対応させ、この調和がくずれたときに病気になると考えた。また、進化の基本的な論理をうちたてた。 ギリシャ医学でもっとも重要な人物は、「医学の父」といわれるヒッポクラテスである。その考え方はエンペドクレスの4体液説にもとづいており、患者の体全体を治療するのが基本的な態度である。外科的治療よりも自然の治癒力、理論よりも実際面を重視したヒッポクラテスの医の倫理は、人間愛にあふれていた。それは「ヒッポクラテスの誓い」として現在までつたわっている。 前3世紀には、ギリシャ医学の中心は、エジプトのアレクサンドリアにうつった。ヘロフィロスは人体の解剖を、エラシストラトスは脳、神経、動脈、静脈の解剖をおこない、すぐれた記録を書きのこしている。その後、経験主義派が生まれ、とくに、外科と薬理学は大きく発展した。
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