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広い意味では、人をわらわせるようなおかしなしぐさや言葉。またはそれをする人をさす。せまい意味では、そのようなおかしなことを専門的におこなう道化役者や道化師などをさし、日本ではとくに、歌舞伎の道化(道外)方をさす場合もある。 英語のフールfool、フランス語のフーfou、ドイツ語のナルNarrなどが日本語の道化にあたるが、どの言語でも、愚者、おかしなことをする人、という一般的な意味と、道化役者などのせまい意味との両方につかわれ、かならずしもその区別ははっきりしていない。 貴族や富豪の饗宴(きょうえん)に欠かせないバフーンbuffoon、宮廷お抱えのジェスターjester、コメディア・デラルテのアルレッキーノにはじまり、サーカス、ボードビル、サイレント映画といった大衆芸能に登場するクラウンclownなど、道化的存在は、さまざまな時代のさまざまな場所にことなった名前で登場する。
それぞれの時代や文化圏によって、道化的存在は独自の名前や性格をあたえられているが、その一方で、基本的性格には共通する部分がある。すなわち、道化は常に、社会体制を維持するための秩序や法といったものに嘲笑的に対抗する反秩序や混沌といった性格をもつ。そのため道化は、こっけいで異様な形象をあたえられることが多い。道化がよく身にまとうとされるまだらの衣装、ロバの耳と鈴つきの帽子、棍棒などがこの特徴をよくしめしている。ほかにも、サーカスのクラウンやピエロの水玉衣装や白塗りで誇張された化粧、あるいはチャップリンのだぶだぶのズボンとステッキなども同じ道化の特徴をあらわすと考えてよい。
道化は、愚者であるがゆえに現実の出来事から距離をおくことができ、その出来事を観察し、分析し、嘲笑する存在でもある。そのため「賢い愚者」ともよばれる。社会に対して無責任であるがゆえに、知恵者でもありうるのである。 その歴史をふりかえってみれば、道化的存在はかつて大きな社会的役割をになっていて、主として共同体の祝祭の場で活躍していた。古代ローマの儀礼では、人々にえらばれた道化的「偽王」が一時的に支配権をもって自由気ままにふるまい、中世・近世のカーニバルでは「無礼講の王」としてこの「偽王」的道化が活躍した。こうした道化的存在は、その祝祭のつづく間だけ、人々の日常をしばるさまざまな規則や習慣を一時的にひっくりかえしてみせる役割を演じ、それを人々はたのしんだのである。しかし、祝祭がおわると、もとの秩序が回復し、人々はまた日常生活にもどることになっていた。
ルネサンス以降、西洋における道化は、主として劇場と文学にあらわれることになるが、道化の性格をもっともよくその創作に生かしたのはイギリスの劇作家シェークスピアであった。「夏の夜の夢」のパック、「リア王」の無名の「フール」から「十二夜」のフェステまで、悲劇から喜劇、ロマンス劇を問わずシェークスピア劇には道化的存在は欠かせない。彼らはときに観客に直接話しかけ、ときにするどい観察を披露してみせ、劇の物語が一本調子になるのをふせぎつつ、シェークスピアのえがく劇世界をより複雑で厚みのあるものにしているのである。
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