Windows Live® の検索結果
Windows Live® の検索結果 ページ 2 / 8
項目構成
陶磁器は、焼成の前後に装飾ができる。素地が半乾燥して革のような固さのときには、貼付(はりつけ)やスタンプ、彫刻や線刻、透かし彫りなどの技法で文様がつけられる。器壁は、けずったり研磨することで滑らかに、かつうすくなる。研磨は焼成後にもおこなわれる。また、スリップ(泥漿:でいしょう)という、あらい粒子を漉(こ)してとりのぞいたクリーム状の土をもちいることもある。スリップには色がつけられることもある。スリップは完全に乾燥してかたくなった陶磁器にかけたり、刷毛(はけ)でぬったり、注口付きの容器やスポイトのような道具で流しがけされる。先端のとがった道具でスリップをかきおとし、素地をみせて文様をあらわす技法は、スグラッフィート(掻落し:かきおとし)として知られている。
釉薬は一種のガラスで、ガラスを組成している珪砂などの鉱物に、鉛、灰、ソーダ、錫(すず)などの融和剤をくわえてつくられる。釉(うわぐすり)ともいう。釉薬は焼成されると成分がとけてガラス化し、陶磁器は吸水性がなくなり、表面が平滑になり、そして装飾される。釉薬は焼成する前か、素焼をしたのちにかけられる。釉薬には多くの種類があり、素地の色を強めたり、素地をすっかりおおいかくしたりする。 中東地域でよくもちいられるアルカリ釉は光沢があり、しばしば半透明の状態になる。この釉は、主として珪土や硝石、硝酸カリウムのようなソーダでつくられている。鉛釉は透明で、硫化物あるいは鉛の酸化物で融和させた砂でつくられ、伝統的に多くの種類がある。鉛釉は古代ローマ、中国、それに中世ヨーロッパで盛んにもちいられ、現在も世界じゅうでつかわれている。錫釉は不透明で白色をし、中世イスラム世界の陶工たちによって開発され、スペインのラスター彩陶器、イタリアのマヨリカ陶器、それにヨーロッパのファイアンスやデルフト陶器などにもちいられた。 釉薬に色をつけるには、金属酸化物を呈色剤としてくわえる。銅は酸化炎で焼成されると、鉛釉を緑色、灰釉を青色、アルカリ釉をトルコ・ブルーにかえ、還元炎では赤くなる。鉄は、酸化炎で黄、褐、黄金色などになり、還元炎では青や灰緑の青磁釉となる。そのほか、アンチモンによる黄、コバルトによる青、マンガンによる紫など、さまざまな色釉がある。長石は高温でのみとけるため、炻器や磁器にもちいられる。素地となる土と釉薬の組成、その組み合わせ、窯の操作などによって、陶磁器の仕上がりは千差万別である。
陶磁器にほどこす絵付(えつけ)には、青花(染付)磁器のような透明釉の下にえがく釉下彩と、色絵磁器のような釉の上にえがく上絵付の2種類があり、両者を併用する場合もある。釉下彩では、釉下にえがくコバルト、銅、マンガンなどの金属酸化物の色を釉や素地に定着させるために、多少高い温度で焼成する必要がある。いったん焼成したあとの釉の上に精製されたエナメル顔料をもちいる上絵付では、エナメルと釉を融和させるために上絵窯で低温で焼きつけなくてはならない。 商業的に量産される陶磁器の絵付には、しばしば銅版転写などの印刷の手法がもちいられる。銅版転写は、紙に印刷された文様に酸化物をつけ、しめっているうちに陶磁器にうつしとる方法である。18世紀の印版は手作業による銅版だったが、現在ではリトグラフや写真版がもちいられている。 中国では15世紀以来、ヨーロッパでは18世紀から、製品の識別のためにさまざまな窯印やマークがもちいられてきた。また、古代ギリシャの陶工や陶画工、イスラム世界の陶工、それに20世紀の陶芸家たちの多くは、自らの作品に個人的に署名をのこしている。これらは、陶磁器のつくられた時代や生産地などを鑑定する際の重要な手掛かりとなる。しかし、著名で高価な陶磁器の場合は、しばしば窯印やマークが模倣、偽造されるため、慎重な調査研究が必要である。
東アジアにおいて、歴史的に陶磁器生産の中心となったのは、中国、朝鮮、日本である。
中国で最古の焼き物は、新石器時代の紅陶である。紅陶は紐作りで、酸化炎で焼成されたため、素地が赤みをおびている土器である。つづいて、還元炎で焼成され、素地が灰色の灰陶(かいとう)があらわれた。精製した土を黄褐色や赤茶色に焼き、その上に鉱物顔料を刷毛でぬって文様をほどこした彩陶(彩文土器の一種)は、中国のひろい範囲でつくられた。新石器時代後半(前2千年紀)には、山東省や江蘇省の竜山文化で、ろくろをもちい、器壁がうすく、黒色の化粧土をていねいにみがいた黒陶が出現した。また、精良な白い土をもちいた白陶がつくられたのもこのころである。初期の窯は簡単な窖窯が多かったが、すでに酸化炎と還元炎をつかいわけていた。
|
© 2009 Microsoft
![]() ![]() |