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古代アメリカの焼き物は、ヨーロッパの陶磁器とはまったく無関係に、独特の洗練された形と装飾スタイルを発達させ、高度な芸術的レベルに到達している。焼き物は紐の巻き上げや型作りの技法でつくられたが、ろくろは知られていない。絵付には、植物や鉱物顔料によって色づけされたスリップがもちいられた。
現在のところ、南アメリカでは、エクアドルのバルディビア文化の遺跡から発見された前3200年ごろの土器が最古とみられている。バルディビア文化はおそらく2000年ほどつづき、土器製作の伝統は、つづくマチャリージャ文化やチョレラ文化にひきつがれた。チョレラ文化では、ユニークな形の土偶が数多くつくられた。紀元前後ごろからは、黄金製品で有名なトリタなどの文化領域で、神と獣が一体となったような独特なモティーフのある土器が発達した。 しかし、南アメリカで土器がもっとも発達したのはペルーであった。古代ペルーは、形成期、地方発展期、地方王国期という大きく3つの時期にわけられ、16世紀初めにほろんだインカ帝国にいたる。この間、多種多様な文化が次々と生まれ、それぞれに個性的な土器を生みだした。共通する特徴といえば、釉薬をつかわずに彩色と研磨によって複雑なモティーフをえがき、器形の種類がきわめて豊富なことである。 最初に土器が発達したのは形成期の前1500年ごろにはじまるクピスニケ文化で、黒、灰、褐色などの器表面を研磨したすぐれた土器をのこした。興味深いのは、南アメリカ芸術における重要な装飾モティーフのジャガーがすでにあらわれたことである。この伝統は、地方発展期になり、北部海岸のモチェ文化の土器に継承された。やや黄色がかった素地に、赤、褐、白などの色で伝承的な物語の情景が生き生きとえがかれたモチェ文化の土器は、中南米でもっとも精良である。さまざまな浮彫像のついた壺のほか、人物の顔を肖像画のように精妙にかたどった壺もある。球形の壺の上に弧をえがくように中空の把手(とって)をつけ、その中央に垂直に注口をつけたいわゆる鐙(あぶみ)型壺は、南アメリカ独特の造形である。 同じころ、南部では、パラカス文化やその後をついだナスカ文化が、多彩色の装飾性豊かな土器を生みだした。とくにナスカ文化の土器は、複雑に様式化された動物文や首狩りのモティーフに特徴がある。器形も豊富で、大小さまざまな壺のほか、ラッパや笛などの土製品もつくられた。そのほか、北部山地のカハマルカ文化でつくられた素地にカオリンをふくむ白い彩色土器や、レクワイ文化のラマをかたどった洗練された造形の香炉、南部のティアワナコ文化の胴部がくびれたケーロ形の杯など、個性的な焼き物がある。1000年をすぎた地方王国期では、チムー文化の黒色磨研土器が注目される。インカ帝国は各地の個性的な文化を吸収したが、尖底のアリバロ(アルバレロ)形の壺が特徴的である。 そのほか、南アメリカのベネズエラやブラジルのアマゾン川流域でも、きわめてユニークな造形の土器や土偶がつくられたことが知られている。
中央アメリカの古代文化も、大きく形成期、古典期、後古典期にわけられるが、その時代区分については諸説があり、かならずしも一致していない。メキシコでつくられたもっとも古い土器は、形成期、前1000年ごろのメキシコ湾岸低地にさかえたオルメカ文化の土器である。オルメカ文化では独特な風貌(ふうぼう)の土偶をつくった。古典期には、中央高原のテオティワカン文化で、円筒形の鉢に平たい板状の足を3つつけた多彩色土器がつくられた。下地には漆喰(しっくい)がぬられ、鮮やかな朱や緑、白などで神話や想像上の物語の場面がえがかれた。また、細口の花瓶のような形の土器、薄手のオレンジ色土器も特徴的である。オレンジ色土器は、テオティワカン文化の拡張をしめすように、中米各地の遺跡で発見されている。 東部のマヤ地域の土器は、メソアメリカの中でももっとも種類が豊富である。とくに古典期マヤの土器には、繊細な人物像、マヤの絵文書にみられるような独特なマヤ文字と物語とが一体となった図柄が、ていねいに多彩色でえがかれている。マヤ文字は円筒形容器の口縁部や皿の周縁部などにもみられる。頭蓋(ずがい)骨を変形させたマヤ独特の風貌の土偶や、土偶をかざりつけた土器には、鮮やかな青、マヤ・ブルーがほどこされているものもある。 後古典期にはいると、中央高原を支配したトルテカ人が、クリーム色の素地に赤、あるいは黄色がかった素地にオレンジ色で絵付をした土器を大量に生産している。これらの土器には型がもちいられ、スタンプ文や簡単な幾何学文などがほどこされた。その後をついだアステカ人は、当初、抽象的な装飾を多用していたが、やがて赤やオレンジ色の鉢に鳥など動物の図柄をえがくようになった。南部のオアハカ盆地に発達したサポテカ文化やミシュテカ文化では、型作りによる動物や人間像、神像のほか、ていねいにみがきあげられた多彩色の土器をつくり、これは後世のメキシコの陶器に影響をおよぼした。
広大な北アメリカの土器文化は、大きくみて東部ミシシッピ川流域の森林地帯と、南西部のアリゾナやニューメキシコ州を中心とする地域にわけられる。ミシシッピ川流域では、前1000年ごろにウッドランド文化がはじまり、盛んに土器が製作された。中期ウッドランド文化のひとつであるホープウェル文化では、刻線や縄目、連続文などで装飾した土器が発達したほか、赤、黒、白などの色を焼きつけた彩色土器や土偶もつくられた。1000年ごろからさかえたミシシッピ文化では、中央アメリカの諸文化との関係がうかがわれるような土器や、さまざまな動物形土器が注目される。 いっぽう、南西部にはモゴヨン、アナサジ、ホホカムの3文化が花ひらいた。モゴヨン文化は彩色土器で知られ、とくに11~12世紀に発達したミンブレ様式の土器は、白地に黒や褐色で幾何学文や鳥、コウモリ、カエル、儀式の場面などがえがかれて、すぐれたデザイン感覚がうかがわれる。ミンブレ様式の鉢の多くは墓に副葬されたもので、底部には故意に孔があけられている。 アナサジ文化もはじめは、ミンブレ様式と似た白地黒彩の土器をつくっていたが、やがて黄色の地に赤や黒で幾何学文や波形連続文をえがくようになった。ホホカム文化では、黄褐色の素地に赤で幾何学文や動物文をえがいた土器が特徴的で、ていねいにつくられた土偶もある。アナサジ文化を継承したプエブロ文化はいちだんと土器製作が発達したことで知られ、鋸歯状の連続文や精密な装飾文様が白地黒彩や多彩色でていねいにほどこされた。プエブロの祖先たちによってきずかれたすぐれた土器の伝統は、プエブロ陶器をつくる現代の陶芸家たちにもうけつがれている。そのひとり、マリア・マルティネスはうつくしくみがきあげた黒色陶器で幅ひろい人気を博した。
西洋の陶磁史は、大きく、古代の中東地域、古代の地中海地域、中世のイスラム世界、中世~近代のヨーロッパにわけてみることができる。
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