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日本の場合、ドイツやイタリアにおけるような大衆運動とその政党組織は薄弱で、明らかに独裁者を欠いていたから、「軍国主義」はあったが、ファシズムがあったとはいえないという見方もある。しかし、1930年代の日本も、資本主義国家としての危機を共有していたし、独占資本とむすびついた軍部官僚が権力をにぎっていった。軍部内の皇道派青年将校や血盟団のような民間右翼の、革新運動やテロ行為(五・一五事件や二・二六事件や血盟団事件など)をテコにして、政党・議会、ならびに国民の自由な言論を圧殺しつつ、最後に国家総動員法を成立させて軍部独裁の基礎をつくり、40年以降、大政翼賛会というかたちで一党体制を確立したのである。 その経過は、日独伊三国同盟をむすんで、自由主義・社会主義国家との世界戦争に突入し、拡大膨張するメガ・ステート(巨大国家)をひたすらめざした経過とともに、まぎれもなく日本ファシズムの足跡をものがたっている。ただその場合、日本にはドイツ、イタリアの2つの先行モデルがすでに存在していたという条件が特殊であった。そのモデルを媒介にして、国家総動員体制である全体主義国家へと跳躍し、キャッチアップしたのである。指導者原理や、独裁者崇拝はこの場合、省略可能であったのだといってよいであろう。
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