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フランス中東部、リヨネ地方の商工業都市で、ローヌ県の県都。ローヌ川とソーヌ川の合流点に位置する。パリ、マルセイユにつぐフランス第3の都市で、周辺の連接都市をふくむ大都市圏でいえば、規模・経済力においてパリにつぐ。工業は、機械・自動車・電気・化学・繊維など多種にわたる。巨大な石油精製工場が近くのサン・フォンとフェイザンにある。人口は46万6400人(2005年推計)。 歴史的建造物も多く、ソーヌ川右岸のフルビエールの丘にはローマ時代の野外劇場跡やオデウム(奏楽堂)跡があり、ガロ・ロマン博物館がもうけられている。丘の上のノートル・ダム・ド・フルビエール教会(19世紀建造)、丘の麓(ふもと)のサン・ジャン大聖堂(12~15世紀)、ソーヌ川右岸にある旧リヨン地区の狭い町並みをいろどるルネサンス様式の邸宅、世界最大の織物コレクションをほこる織物歴史博物館、フランスでもっとも古い証券取引所などの見どころがある。リヨン大学(1808年創立)は現在3つのキャンパスからなっている。 有名なレストランは市内にいくつかあり、郊外に、フランスの有名なシェフ、ポール・ボキューズの店がある。毎年4月に、国際見本市がひらかれることでも知られる。1981年には高速鉄道TGV(トラン・ア・グランドゥ・ビテス)がパリとの間に開通し、現在マルセイユ~パリを短時間でむすぶ中間の都市としてますます重要度を高めている。
前43年に、ローマの植民市ルグドゥヌムとして建設され、2世紀にはガリアの中心都市としてさかえた。カロリング朝のもとに司教座がおかれた。のち、何世紀もの間、大司教に支配された。1245年、74年にはリヨン公会議がひらかれた。14世紀初めフランス王国に併合され、このころから絹織物の交易の一大中心地として発展した。とくに工業化がはじまった19世紀前半にヨーロッパ最大の絹織物・繊維工業都市となった。 第2次世界大戦中は、ドイツ軍に対するレジスタンス運動の拠点のひとつだった。戦後は北アフリカの旧フランス植民地から多くの移民をむかえた。
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