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  • 極限,微積分

    The limit as [en] tends to infinity of one over [en] times the sum of the [ei]'s from sub one to sub [en].

  • 微積分の意味

    微積分の意味 森毅 著 本体価格:2200円 判型:B6判 ページ数:186 isbnコード:isbn4-535-78110-9 発刊:1978.5

  • 微積分入門(上)

    微積分入門(上) 小島順 著 本体価格:2900円 判型:A5判 ページ数:304 isbnコード:isbn4-535-60120-8 発刊:1996

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微積分

微積分 びせきぶん Differential and Integral
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

極限の考え方をもちいて、かぎりなく小さな量の変化率や連続量の積算総和などを計算し、関数のさまざまな性質を研究する数学の1分野。独立変数の値の変化に対して関数の値が変化する割合や、関数の最大値・最小値、曲線の接線の傾きや曲線の長さ、曲線や曲面でかこまれた図形の面積・体積などをもとめることができる。代数幾何学から発展して、解析学とよばれる数学の領域の基礎になっている。

微積分は、自然科学や社会科学でひろく利用されている。たとえば、物理学では、物体の運動の速度、化学反応の反応速度、放射性物質の崩壊速度などの研究に、また生物学では種の個体群の成長率の問題などのように、なんらかの変化をあつかう問題には、ほとんどというほどつかわれている。社会科学でも、統計学確率をつかって解析をしたり、経済学で価格形成を分析するときなどに、微積分はひろくつかわれている。また、ロボットアームの制御や人工衛星の打ち上げなど、ほとんどあらゆる工学システムにおいて、微積分の計算はかかせない。

微積分の方法が非常に役立つ例の1つに、極値問題というものがある。これは、ある量がどこで最大または最小になるかという問題である。たとえば、ロケットがもっとも高い位置に達するのはいつ、どこでか、というような問題である。こうした問題を微積分をつかって解くには、できごとの瞬間的な変化率に注目するとよい。最大値や最小値は、増加や減少という変化がないところでの値になるから、上昇中または下降中のロケットの高度が最高位置ということはありえない。もっとも高い位置に達する瞬間には、高度の変化率はゼロになるはずであるから、瞬間的な変化率がゼロになるところをさがせば、ロケットがいつ、どの高さで最高高度に達するかがわかる。

このように微積分では、速度の変化の「瞬間値」を考えたり、図形の面積や体積を「無限に小さな部分の総和」として考えたりするが、その基礎づけには極限の概念がかかせない。ゼノンの逆理のような、古代ギリシャの哲学者たちが考えた無限に関する問題を、極限の考え方をつかって解決しながら数学の思考方法をひろげることで、微積分の理論は生みだされてきた。

II

微積分学の歴史

今日の微積分学を創始したのは17世紀のことで、イギリスの数学者ニュートンとドイツの数学者ライプニッツが独立に考えはじめた。しかし、微積分につながる発想は、何千年も前からいろいろあった。たとえば、古代エジプトではピラミッドの体積や円の面積を近似する方法が知られていた。古代ギリシャのアルキメデスは、円周をc、円の半径をdとするとき、

3‡ dc < 3 d

がなりたつことを証明した。その証明は、ギリシャの天文学者で数学者でもあるエウドクソスが考えた、内接する図形と外接する図形をもちいる方法を発展させたものであった。アルキメデスは、同じ方法によって、図形の面積や体積ももとめた。彼の著書「方法」によると、図形を平行にうすく切って考える方法など、今日の求積法にあたるものを発見し、さまざまな結果をえている。中世後期になってヨーロッパの数学者は、アルキメデスの著作をアラビア語の翻訳からまなんだ。古代ギリシャの思想家は、もっぱら「無限」からみちびかれる矛盾について考えたが、中世後期の哲学者による無限についての考察には、数学に寄与するものがあった。

1

幾何学と解析

17世紀初めまでには、じつにさまざまな図形の面積体積をもとめる方法がみつかっていた。イタリアの物理学者ガリレオの弟子である数学者カバリエリは、1635年刊行の「不可分者による連続体の新幾何学」という著作のなかで、ドイツの天文学者ケプラーが考えた体積をもとめる方法を拡張した。「分割不可能な量」とカバリエリがよんだ無限に小さな量を考えることにより、曲線

y = xn (n = 1, 2, ..., 9)

x軸とその間にある部分の面積をもとめた。この面積に関する定理(カバリエリの定理)は、ヨーロッパじゅうに知られるようになった。ほぼ同じころ、フランスの哲学者で数学者のデカルトの「幾何学」が出版された。この中で、デカルトは座標をもちいて曲線をあらわし、幾何学的な問題を解くのに代数的な解析がつかえることをしめした。解析幾何学のもう1人の創始者であるフランスの数学者フェルマーは、代数式の最大値や最小値をもとめる方法として、微分法で現在つかわれるのとひじょうに近い方法を発見した。

約20年後、イギリスの数学者ウォリスは「無限算術」を出版し、式の展開を有限から無限にまですすめる方法をしめした。ウォリスのケンブリッジ大学の同僚で、ニュートンの先生でもあった数学者バーロウは、接線をもとめる問題と面積をもとめる問題とが、ちょうどの関係にあることをしめした。これは、今日、微積分の基本定理とよばれているものを、幾何学的にのべたことに相当する。

2

微積分の誕生

この時代の成果をひきついで、ニュートンとライプニッツが微積分の発見者となる。ニュートンの発見(1665~66)は、無限和(無限級数)の考え方、拡張された二項定理、たがいに逆の関係にある接線と面積をもとめる計算式などを、微積分という方法にまとめあげたものだった。しかし、出版嫌いのニュートンが公表をしぶっている間に、ライプニッツが彼とは独立に、1684年に微分法を、86年に積分法を発見し、その成果を公表した。このため、両者が微積分の共同発見者とされている。また、今日微積分でつかわれている記号はライプニッツがつかったものである。

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