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「現代美術と現代建築」という概念の「現代」は、この項目ではおおまかに「20世紀以降」という意味でとりあつかう。他の項目で「近代」とよんでいるものもふくまれている。
20世紀初頭の美術は、19世紀までつづいてきた特定の宗教や民族性、固定された社会階層や地域性にもとづく文化価値観をこえて、国際的な共通性をもとめて登場した。また19世紀半ばに発明・発見された科学技術を基礎として、それを実用化する技術革新と材料が20世紀にととのい応用され、そこで社会環境が急速に変化した。それに対応するように、フォービスム、表現主義、キュビスム、未来派が生まれ、さらに1910年代にダダイズム(→ ダダ)、構成主義とシュプレマティズム、20年代には純粋主義や新造形主義、そしてシュルレアリスムなどがさまざまな動きとしてあらわれた。これ以後はそれぞれの要素を深めて、変化させながら継承されていった。
現代美術の先駆は、フランスの19世紀後半からの絵画運動だとされている。1860年代以降の芸術家たちは、それまでの宗教画や歴史画・寓意画(ぐういが)、肖像画や静物画といった写実的な技法によって描かれてきた古典的な主題と表現を、どうのりこえていくかを問題とするようになった。マネは、それら古典的な主題を捨て、民衆の日常の生活風景を題材にして世俗的な人物像をうかびあがらせた。ピサロ、モネ、ルノワール、シスレーといった印象主義者たち(→ 印象主義)は、実際の質感よりも筆触を強調して大胆な色彩と構図で平面的に描き、形態に即した本物らしい質感や立体感よりも、太陽光の透明な明るさを効果的に表現し、そこに流動する時間と空気も定着しようとした。それをひきついだゴッホ、ゴーギャン、セザンヌの後期印象派は、20世紀現代美術の方向を決定する実験的なスタイルをつくりだしている。印象主義者は、光=色彩を形よりも優先して表現しようとして粗い筆触を強調したが、スーラは色彩の基本色を並置し、あるいは補色対比を駆使して点描画法(→ 点描主義)をあみだした。 ゴーギャンは、形態を簡略化して平面的な装飾性を生みだし、自由な彩色によって象徴的な美に高めた。ゴッホの情動的な絵画では、写実の確かな技術をふまえつつ色彩配置の緻密(ちみつ)な計算がなされているが、その筆跡のふるえるような描線と単色の大胆な扱いは、ノルウェーのムンクやドイツの表現主義者たちに大きな示唆をあたえている。 そうした実在空間の輪郭や陰影による再現を拒否して、セザンヌは、筆触の小さい平坦(へいたん)な色面を単位として、それを折り重ねるように連続させていく。その色彩=筆触のリズムと多層の構造は、空間への多視点的アプローチと、対象を眼で「さわり」能動的に対応していくことで、自然の構成原理を明らかにした。その複数の視覚に対して、1枚の平面である画面にたちむかい制作行為のただ中で出現させるという難問は、20世紀初頭のピカソやブラックの初期キュビスムの分析方法に強い影響をあたえた。
1870年代を頂点とする印象主義の画家たちと、19世紀末の象徴主義の世代の芸術家に共通するのは、実物どおりに描く写実主義に関心がなくなったことである。彼らは、19世紀までつづいてきた旧来からの科学的自然観では、次世紀の新たな産業社会の中で「美」をみつけだすことができなくなることを直感的にみぬいた。その背景として個人の表現や自由への関心が高まっていたことは重要だ。それは個人個人が対等になって自由の空気を自分のものとすることだが、それゆえに自我の内面が発生し、理性的な批判精神もはぐくまれた。そこで相対するモノや風景にむかって、内面によってそれを変形しうること、また内面もまた変形をうけるという相互の関係がうかびあがる。その近代=現代の主観の確立は、モノや風景にかこまれて生きているのではなく、生きていることがモノや風景を変化させ構成していく、という認識にいたった。それはまた人間が孤独や寂しさをひきうけることであり、そういった主観性が、線描・彩色において、また構図においても絵画空間をゆがめ変形させていったといえる。それらの多くは、身近な日常の「風景画」として表現された。
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