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プラトンはある種の宗教的道徳的芸術をみとめてはいたが、基本的には芸術や芸術家に敵対的であった。この態度はイデア論からでてくる。たとえば、うつくしい花は、花のイデアを模倣したものである。目でみられる物質的な花は、真の実在であるイデアから1歩はなれている。花の絵は、実際にさいている花の模倣であるから、イデアからみると、模倣の模倣であり、真の実在から2歩もはなれている。したがって芸術家は真の知識を欠き、自分が何をしているのかを正しく認識していない。芸術家の創作は、プラトンによると、一種の霊感による狂気のなせる業なのである。
プラトンが西洋哲学にあたえた影響は、はかり知れない。プラトンの死後も、アカデメイアは、529年に東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世から異教思想の温床として解散を命じられるまでつづいた。ヘレニズム時代には、3世紀にプロティノスがでて新プラトン主義を展開した。アウグスティヌスはプラトンを土台にして、キリスト教の教義を確立した。プラトンの哲学は中世のイスラムの思想にも大きな影響をあたえた(→ イスラム教)。 ルネサンスはプラトンの思想の復活だといってもよい。15世紀にフィレンツェにできたアカデミア・プラトニカでは、フィチーノを中心にプラトンのギリシャ語のオリジナルな著作の研究が再開された。17世紀のイギリスでは、カドワースらのケンブリッジ・プラトン主義者たちによってプラトン・リバイバルがおこった。プラトンの影響は20世紀にも生きている。たとえばプラトンの影響をうけた哲学者ホワイトヘッドは、西洋哲学史は「プラトンの対話編の長い脚注にすぎない」とのべている。
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