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Windows Live® の検索結果 11世紀末から13世紀末にかけて、南フランスで活躍した抒情詩人兼作曲家の吟遊詩人。南仏プロバンスのトルバドゥールは、抒情詩は歌謡であると考えた古代ギリシャ人にならって詩作をした。プロバンス語(オック語)で書かれた彼らの抒情詩は、中世ヨーロッパの文語であったラテン語ではなく、地方語で書かれた最初期の詩であり、民衆歌謡から、新たな詩形、旋律、リズムをとりいれている。今日まで作品がのこっている最初期のトルバドゥールは、アキテーヌ公ギヨーム9世(1071~1127)である。その存在が確認されている400人以上のトルバドゥールの大部分は貴族であり、王侯もふくまれる。彼らにとって詩を自作自演することは、騎士道の理想を表現することであった。トルバドゥールの音楽は、アルビジョワ十字軍(→ 十字軍)によって南フランスの宮廷が破壊されるにつれて、13世紀中には消滅していった。 初期のトルバドゥールは宮廷で自作を自演し、しばしば歌合わせもひらいた。時代がくだると、彼らはジョングルールとよばれた吟遊詩人をやとって自作を演じさせた。詩のテーマは、恋愛、騎士道から、宗教、政治、戦争、葬儀、自然におよび、約300の旋律、約2600の詩句がのこっている。伴奏はふつう、ビエル(中世のビオラ)やリュートなどの弦楽器でおこなった。楽譜には音の高低はしめされていたが、音の長さ、リズムはしるされていない。トルバドゥールの音楽は、中世の世俗音楽に大きな影響をあたえた(→ 西洋音楽)。 一方、北フランスの宮廷につかえた詩人兼音楽家をトルベールという。彼らの詩歌は、1137年ごろ、ポワティエ伯ギヨームの孫娘、アリエノール・ダキテーヌがルイ7世の王妃としてパリにやってきたとき、北フランスにつれていったトルバドゥールの強い影響下にはじまった。彼らは、トルバドゥールの作品を模倣したりアレンジしたりしながら、独自の詩歌をつくりあげていった。テーマや音楽形式はトルバドゥールの作品に似ているが、英雄叙事詩に重きがおかれている。北フランス語(オイル語)で創作をしたトルベールの作品には、およそ1400の旋律と4000の詩句がのこされている。もっとも有名な詩人は、アダン・ド・ラ・アルである。
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